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 何故、昌浩は晴明の式にくだったのか。
 真実を知れば、答えは自ずと明らかになった。彼はその身を守らなければならないが、逃亡が許されない。力が劣るのに防御に回らねばならない。圧倒的に不利な状態に置かれている。
 そのために、盾が必要だった。
 式にくだることで、彼は十二神将という盾を手に入れたのだ。
「案外狡猾な奴だな。さすが狐」
 高欄に腰かけていた朱雀が、昨晩の顛末の分析を聞き終わり鼻を鳴らした。白虎の風によってあの会話は十二神将全員に中継されていた。その場にいない者でも新しく式になった妖のことを聞いていたのだ。
 天一がそっと恋人に寄り添う。その肩を抱いて、朱雀は姿の見えない天狐を思い返した。彼が見たのは、力無く目を閉じて自失している姿だけだったが、敵意を向けない理由には成り得なかった。
 けれども、「そうでしょうか」と疑問を挟む者もいた。
「騰蛇と勾陣の話を聞く限り、彼は当初こちらに干渉することを嫌がっていた。くだったのは我々が束縛したからで、巻き込むつもりはなかったのでしょう」
 青空を見上げながら、穏やかに太裳が意見する。昌浩を直接視認している彼には、あの幼い天狐が邪悪な者だとはとても思えなかった。むしろ、無理をして提案しているようにしか見えなかった。
 が、その場にいる最後の一人、青龍は冷たく断じた。
「結果的には同じことだ。あれは俺たちを利用している。ならこちらも最大限利用すればいい」
「青龍、過程は重要です。結果に至るまでの道のりも評価してしかるべきものですよ。結果ばかり見ていては、心が貧しくなってしまいます。悲しいことです」
「……貴様は本当に俺を苛立たせるのが上手いのだな」
「はい?」
 太裳がきょとんとして首を傾げる。青龍の堪忍袋が膨らんでいくのに天一はおろおろとしていたが、不意に何かに気付いた様子で「あ」と声を上げた。
「天貴?」
「あそこに」
 指し示した先には、枯れ果てた桂の木と、
 その根元で立ち尽くす、小柄な妖の姿があった。



 幹を撫でる。がさがさした表皮からは、命の欠片は感じられない。
 だが、この樹はもっと生きるはずだった。昌浩は覚えている、この場所にあった若木のことを。彼がずっと大きくなる頃には、腕を回すこともできないだろうと想像していた、若く新しい命を。
 だのに、自分が奪ってしまった。
 深く追憶を吐き出し、昌浩は力を込めた。
 温度の無い焔が発現する。限定した対象以外はけして燃やさない、白い狐火。それが朽ちた樹に燃え移り、物質の結合を解いていく。
 塵は塵に。
 灰は灰に。
 空気に溶け、土に還っていく桂だったものにはもう触れることはできない。昌浩がほどいてしまった。
 そして、まもなく彼も同じものになるのだ。
 思考に埋没していた昌浩の意識を、ふと、何者かが叩く。振り返ると、屋敷の簀子に一人の姫が佇んでいた。
 昌浩とそう見た目の年が変わらない、美しい髪の少女だ。
 誰だろう。昌浩は瞬きした。今自分は見鬼でも判らぬほど気配を薄くしている。視認できるのは力の強い化生のものと、晴明のような強い見鬼だけだ。姫はしっかりと昌浩に焦点を合わせている。ということは、少女は晴明の血縁者……孫娘なのだろうか。
 あまり彼女には似ていないが、では彼はこんな美姫を生む血筋だったのかと、昌浩は首を傾げた。
 興味を覚えて近付いていくと、姫は臆することなく昌浩を見返してくる。なかなかに度胸もあるらしい。神気が二つ、陰形したままするすると彼女のそばに控えた。昌浩の知らない気配だ。十二神将全員を紹介されたわけではないので、昌浩の知る神将は少ない。積極的に知ろうとしてもいないので、これは当然だった。
 神気の片方、炎の波動を発する神将が冷たい隔意を示してくる――昌浩は微笑した。
 自分が晴明の血縁を傷付けるわけがないのに。
「こんにちは」
「こんにちは」
 少女は目を丸くして返事をした。
「あなたはだあれ? 妖?」
「俺は昌浩。昨日の晩から晴明の式をやってる」
「晴明さまの?」
 おや、と昌浩は目を瞠った。この姫は晴明の血縁者ではないのか。
「君は?」
「わたしは彰子。――わけあって、安倍の家にお世話になっているの」
 やはりか。こんなに強い霊力を持っているのだから、血縁かと思ったのだが。
 高欄の近くまで寄ると、彰子は身を屈めて目線を近くした。ずいぶんと妖に慣れている。それに、普通と違って奔放そうな姫だ。
 その時妖気が神経を掠めて、昌浩は微かに顔を歪めた。
 出所は目の前の少女だ。周囲の神気や霊力に紛れてほとんどわからないが、重たい妖気が彼女の体内で凝っている。
(呪詛か)
 得心がいって、彼は密かに頷いた。誰がかけたか知らないが、強い呪いだ。晴明をそばに置くことで、彼女の命は保たれているのだろう。
 生まれついて霊力が高いせいで、災難を被ってしまったのか。
 一生消えることのない呪詛を若い身空で刻まれ、彼女は生きていかねばならない。
 昌浩は心臓を押さえた。――解決する手段は、なくもないけれど。
「……彰子は、いくつ?」
 微笑みを取り戻して尋ねると、彰子は無邪気に答えた。
「十三よ。昌浩は?」
「百は超えたけど忘れた」
「まあ、晴明さまより年上なの」
「妖だもの。けど、俺はまだ子どもだな」
 化生としては、昌浩はまだまだ若輩だ。そこらの雑鬼より年下になる。それなのに高い霊力を有しているのは、ひとえに生まれが良かったからにすぎない。
 彰子が嬉しそうに身を乗り出した。傍らの神将が動揺して、気配を歪める。それに気付かないふりをして、昌浩はほんの少し後ろに下がった。
「ねえ、お話ししましょう? お友達になりたいわ」
「……いいよ。俺でよければね」
「よかった!」
 昌浩は少々迷ったものの、彼女の申し出を受け入れた。姫が手を叩いて喜ぶ。神将の動揺には気付いていないらしい。
 どんどん変な心配をかけさせていることに罪悪感が沸くものの、まあ、どうにかなるだろうと楽観的に結論付けて、彼は一応一定の距離を保ったまま、彰子の言葉に耳を傾けた。
「昌浩、どうしてさっきは樹を燃やしていたの?」
「あー……」
 てらいの無い質問に、一瞬口ごもる。昌浩はしぶしぶ白状した。
「あの樹枯らしたの、俺だったから」
「えっ」
「不慮の事故で。それで、いつまでもあのままにしておけないだろう? 倒れたら危ないし、……目覚めも悪いから、さっき晴明に許しをもらってやったんだ」
「そうだったの……」
 口元に袖を当てて、彰子がため息をついた。
 朝起きたら枯れていたから、びっくりしたの。晴明さまは不吉の予兆ではないので心配なさらずに、とおっしゃっていたから気にはしていなかったんだけど……。
 そう言って、彼女は桂の生えていた箇所を見やった、その時だった。
「彰子さん?」
 温和そうな女性の声が遠くでし、彰子ははっとした。

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