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長編・朧月夜、第七章(3)を更新しました。

先に謝っておきます。
前回「ついに紅蓮がデレた!」と喜んだ方々、ごめんなさい。
これが今の紅蓮のデレの精一杯です。(一応デレのつもりで書きました)

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 ぞっと背筋が冷えていくのを、紅蓮は止められなかった。 
 そうではない。
 自分が言いたいことは、そうではないのだ。

 人と同じ肉体を持つという、ただその一点が、紅蓮にとっては重要な懸案なのだ。

 だが紅蓮の想いとは裏腹に、子どもは言の葉を連ねていく。
 紅蓮の聞きたくない言の葉を紡いでいく。

「俺の体がどちらに属するものなのかは分からない。俺は中途半端で、できそこないだから、もしかしたら本当に異形のものじゃないのかもしれない。けどさ、俺は晴明の式なんだ。だったら、そういう風に扱ってくれればいい。俺が人か妖かなんて、みんなが考えなくてもいい」

 紅蓮以外の十二神将だったら、今の言葉で納得したかもしれない。
 けれど紅蓮は違った。彼だけが恐れを伴って、昌浩の言葉を受け止めていた。
 彼らを生み出した人という存在を、紅蓮は傷付けた。紅蓮だけが、血塗れの咎を背負い、その両手を鮮血に染め上げた。
 紅蓮は人の肉の柔らかさを知っている。
 そして昌浩は、その脆い肉体で生きているのだ。
 妖であれば、神将が傷つけたとしても何ら問題はない。だがその体は人そのものだ。妖力を宿す故に無意識に妖として扱い、もし、何かの拍子に彼に害を成してしまったら――
 あの厭な感触を、紅蓮はまた心に刻まなければならない。
 そんな危険な存在の近くにいることなど、彼は耐えられなかった。

 みるみるうちに眉間に皺を寄せていく紅蓮を、昌浩はじっと見上げていた。そうしてから、ふっと笑みを深めた。
 この少年がよく見せる笑い方だった。
「俺の望みはさ、騰蛇」
 訝しげに見下ろす紅蓮に、昌浩はずっと笑顔を向けていた。
「好きなひとを守ることなんだ」
「……それが、どうしたというんだ」
「うん、だからね」
 昌浩は大きく息を吸って、続けた。
「俺、騰蛇が好きだよ」
 一瞬、紅蓮は何を言われたのか分からなかった。
 すぐに息が詰まって喉が痛くなる。しばらく呼吸を止めていたことに気付いて、彼は慌てて胸郭を上下させた。次いで、あっと言う間に混乱の坩堝に放り込まれた思考を必死で動かそうとする。
 この子どもは今、なんと言った。
 呆然と見下ろすことしかできない最強の十二神将を、できそこないと呼ばれた天狐は笑って見つめている。 ――その腕を、彼が気絶している間にへし折ったのは紅蓮だというのに。
 何も知らないままで。
「俺は晴明が大事だし、好きだよ。彼の家族も、彼が従えている十二神将も、きっと好きになれるだろうなって思ってた。実際、みんないい奴ばかりだったしね。
けど、騰蛇はさ、」
 彼は夕陽にうっすらと頬を染めて、はにかんだ。
「俺が死のうと思ってた時に助けてくれたから」
「……なんだと?」
「凌壽に捕まった時、騰蛇が助けてくれただろう?」
 紅蓮は二人が初めて会った時の、満月の晩を思い返した。この天狐は紅蓮と勾陳に忠告を寄越して、現れた凌壽に戦いを挑んだのだ。
 そして圧倒的な力の差に敗れて、首を絞められていた。
 その窮地を救ったのは、確かに――紅蓮だった。
「本当はあの時相討ちするつもりだったんだ。死ぬのは今だって、そう確信してた。でも、騰蛇が助けてくれた。
 俺の命を拾ってくれたのは、騰蛇なんだ」
 てらいのない笑顔はどこまでも澄んでいた。疑念を差し挟む余地すらなかった。
 この天狐が、昌浩が、本気でそう思っているのだと確信してしまった。
 まるで足下が喪失するかのような戸惑いを覚え、さらに戸惑っているという事実に狼狽し、紅蓮は薄ら寒くなる背筋と必死で戦った。
 天狐を助けたのはあくまで利己的な理由で、それ以外に答えなど存在しない。彼をただ利用しようという考えだけであの時炎蛇を放ったのだ。だから礼を言われる筋合いなどないはずだった――こんな風に笑顔を向けられる理由など、どこにもあるはずがないのだった。
 だのに昌浩は素直な好意をまっすぐにぶつけてくる。
 愚かな奴だと嘲笑うことは簡単なはずなのに、それもできない。なぜなら紅蓮は気付いてしまったからだ。彼がどこまでも純粋に感謝の念を示しているのだと、紅蓮はもう、気付いてしまった。
 気付いてしまえば、否定することはできなかった。

 昌浩はまた身を屈めて、釣瓶から左脚へとぞんざいに水をかけた。適当に血を拭って、元通りに布を巻く。ついでに埃っぽくなった顔も拭ってさっぱりとすると、残った水を地面にあけて立ち上がった。
 戦いで乱れていた髪を解いて、再び結う。随分綻びた古い髪紐を、彼は時間をかけて切れないように丁寧に扱っていた。
 慣れた様子できちんと結び終え、昌浩は傷の感触を確かめるように左脚の爪先で地面を突っつく。活力の満ちた黒瞳が覗き、紅蓮にひらひらと手を振った。
「晴明に話さなきゃいけないことがあるから、行ってくるね」
 長い尻尾のような黒髪を翻して、昌浩はそれっきり、振り返りもしないで屋敷に走っていく。
 紅蓮は己の両手を見下ろした。
 五十年前に人の血を啜った両手は、とっくに乾いているはずだった。
 けれど太陽は残酷に、彼の手を染め上げているのだった。

◆◆◆

 勢いそのままに高欄に飛びついて、よいしょと体を引き上げる。屋敷の廊から晴明を訪ねることはなんとなくはばかられて、昌浩は簀子から妻戸に近づいた。
 周囲に神将の気配はない。
「晴明、いいですか」
「入りなさい」
 誘われ、昌浩はするりと妻戸を開けた。
 暮れかけた夕陽は部屋の中まで差し込まない。大禍時に入ってしばらく経つ。燈台にはすでに火が入り、辺りを照らし出していた。
 昌浩の主は狩衣こそ身に着けてはいなかったが、袴を穿いて袿を羽織っている。きちんとした身なりで脇息に凭れ、穏やかな顔で円座に座っていた。
 離れたところにちょこんと正座すると、手招きをされた。おそるおそる、晴明の手が届く範囲までにじり寄る。と、彼はやっと悦に入った笑みを浮かべた。
「何用かな」
「……あの、」
 一瞬、昌浩は言葉に詰まった。
「……ほんとは話さなくちゃいけないことがあったのに、黙っていてすみませんでした。どうしても、話したく…なくって」
 申し訳ありませんでしたと頭を下げる。面を上げたその瞬間、その額がぱちんと指弾された。
 ぽかんと口を開けて思わず額を押さえた昌浩に、晴明は好々爺然として声をかけた。
「これが罰じゃ」
「――これだけですか」
「いいや。後は理由を聞かねばならんのう。そのつもりで来たのじゃろ?」
 大人しく頷いた昌浩を促して、円座に座らせる。きっと長い話になるのだろうと、稀代の陰陽師は感づいていた。
 そしてやはり、その予感は外れることがないのだった。
 昌浩は姿勢を正すと、真剣な眼差しを晴明に据えた。
「俺は」
 短く息を吸う。
「凌壽が嫌いです」
 その言葉に、晴明は意表を突かれたようだった。
「あいつの事を口に出すのも嫌だし、思い出すのも嫌です。直接会ったり話すのはもっと嫌です。俺が話さなかったのは、――言いたくなかったのは、それが凌壽に深く関係する事だったから、です」
 矢継ぎ早に昌浩が言葉を紡ぐのを、晴明はただ静観していた。彼の指が自身の首元に伸びていくのもただ黙って見つめていた。
 包帯が引き剥がされ、その下に隠れていた傷痕が姿を見せる。
 真一文字に刻まれた薄桃色の傷痕は、細い首を半周して、薄い皮膚を晒していた。
 つつけば今にも血を吹き出しそうな、頼りないひきつれた皮膚だった。

「八十三年前、俺は凌壽に殺されました」

 落とされた告白を、晴明だけが耳にしていた。
長編・朧月夜、第七章(2)を更新しました。

何ヶ月かぶりの更新ですね。申し訳ありません。
この章は遊戯王で例えるならばいわゆる心理フェイズなもので(分かりにくい例え)、昌浩とぐっさんの思考プロットを一から構築し直したり章自体のプロットを書き直したりしていたらこんだけ期間が空いてしまいました。言い訳乙。
最終的に第七章だけプロットver.3まで行き着いたぜこんちくしょおおおおお
続きもさくっと上げたいです! 一週間後とかに!

 暴風の中から解放されると、不安定な大気が耳を押さえてきた。
 唾を飲み下せばすぐに圧迫感は消え去り、通常の音の世界が戻ってくる。
 土御門殿から太陰の風で一気に戻ってきた六合たちは、主の家の庭にやっと足を着けた。その肌にはかすり傷一つなく、戦闘の後を窺わせない。
 ただ一人昌浩だけが、乾きかけの傷をそのままにしていた。
 意識を取り戻し完全に復調した太陰は、口を噤んだままのその背を見つめていた。彼はめっきり口数を減らして、終始むっつりとしている。……機嫌が悪いわけではないようだった。仕草はけっして乱暴ではないし、いらいらしている者特有のぴりぴりとした空気を発散しているわけでもない。単純に、神将たちとの会話を忌避しているようだった。
 六合は気付いているのだろうが口出ししていない。玄武は気まずそうに明後日の方を向いている。青龍がこの場にいなくてよかった、と太陰は胸を撫で下ろした。今は一人中宮の警護に当たっている青龍だが、もし彼がいたら余計な口を出してさらに話をこじらせていただろう。
 彼はきっと、訊ねられることをを怖れている。
 朦朧とする意識の中、太陰は丞按の声を聞いていた。直後に荒れ狂う霊圧が体の芯を貫いたのも覚えている。怒りに満ちた炎飄は猛々しく、拒絶に満ちていた。
 だのに、彼の燐光はあんなにも暖かかったのだ。
 血管を巡り、心臓に流れ込んだ『何か』。体躯を隅々まで満たしたあれが、きっと――昌浩の、命なのだろう。
 霊力ではない力。原始的で単純な、しかしそれ故に力強く脈動する術。
 彼の欠片が、まだ太陰の中で息づいている。
 ぎゅっと胸を押さえると、心臓はまだはっきり熱を持って鼓動を続けていた。
 一度も神将と視線を合わせないまま、昌浩が一歩を踏み出す。その背に、太陰は思わず声を発していた。
「ねえ!」
 昌浩の肩がびくりと震えた。ゆっくりと、顎を引いて、彼は振り返る。
 現れた硬い面持ちは唇を引き結んで、まるで敵を見据えるかのように太陰に向けられていた。
 だが、不思議と怖くはない。
 何故だろうと考えて、太陰は胸に当てたままの手のひらの下の熱を思った。
 ゆっくりと同化していく温度。心臓を満たす血の流れは緩やかな速度で拡散している。
 ――そう、きっと、この熱のおかげなのだ。
「助けてくれてありがとう、昌浩」
 だから、太陰は笑いかけた。
 途端、昌浩の真っ黒な瞳が不自然に揺れて伏せられる。貝のように合わせられていた唇が戦慄き、ささやかな音を零した。
「べつに……」
 尻切れトンボに着地した言葉が、行き場を失って転がる。みるみるうちに顔色を曇らせた少年を、太陰は驚いて見やった。
 どうして、そんな顔をするのだろう。
 さらに顔を俯けて、昌浩はぼそりと呟いた。
「足洗うから、井戸借りるよ」
 鉤裂きの傷ができた脚が回れ右をする。それっきり、彼は一度も振り返らなかった。
 遠ざかる背中を立ち竦んだまま見送って、太陰は服の端を力一杯握りしめた。
 どうしてあんな顔をするのだろう。
 あんな――傷口を抉られたような、痛みに耐える顔を。
「ね、六合……」
 訳が分からなくて、彼女は傍らの同胞を見上げた。悔しいが、自分よりずっと大人びている長身の同胞なら何か教えてくれると思ったのだ。
 だというのに、六合はすうっと透明に溶けて、神気を隠してしまった。
 異界に逃げたのだ。
 ぽかんとしてからその事実に気付いた太陰は、やがて小さな拳をぶるぶると震わせた。おそるおそる様子を窺っていた玄武が雷に打たれたように背を伸ばす。一歩二歩と後ずさりして、やめておけばいいのに、彼はつい声をかけてしまった。
「太陰……?」
 瞬間、童女は愛らしい顔立ちを怒りで歪ませて、玄武に射殺さんばかりの眼光を向けた。
「ちょっと、なんであんた何も言わないのよ!」
「そ、それはだな」
「玄武のばか! もう知らない!」
 きいきいと地団太を踏んで、太陰が六合を追う。八つ当たりされた格好の玄武は耳を押さえて、一人深いため息をついた。





 天狐が身を屈めていた。井戸枠に体重を預け、脚に巻いていた細長い布を解いている。近くに水の張られた釣瓶が、少し量を減らして置かれていた。
 黒髪に隠されて、彼の表情は窺えない。
 紅蓮が足音を立てながら近付いても、彼の視線が移動することはない。長身の影が足下に落ちて、ようやく、天狐は顔を上げた。
 神気すら隠していなかったというのに、彼はぱちぱちと瞬きして紅蓮を見上げる。今し方気付いたばかりの様子で、彼は外した布を所在無げに持ち変えた。
 精彩を欠いた瞳が、ぼんやりと紅蓮を映す。
 この妖の、こんな目を見るのは初めてだった――予想もしていなかった。
 知らず眉根を寄せて睨み付けるような眼差しを注ぐ神将に、天狐は首を傾げた。
 その指先が持ち上がり、喉に、触れる。視線が揺れて、外れる。
「……白い、蝶が」
 ややあってから手を下ろし、彼は囁いた。
 あの辻で初めて会った時から一貫して保たれていた筈の芯を、紅蓮は彼の瞳の中に捉えることができなかった。
「飛んでいたのを見たよ。……晴明の式だろう。一緒に見てた?」
 気付いていたのか。
 晴明の飛ばしていた遠見の式は戦闘の後しか垣間見ていなかった。僅かな時しか動いていなかったというのに、彼は微かな霊力を感じ取っていたのだろう。
 あの時苛立たしげに感情を硬化させていたのは、覗き見に気付いていたせいもあったのだろうか。
 今はもう冷たさなど微塵も感じられない声音で、彼は茫洋と続けた。
「――この前は、ごめん」
 唐突な謝罪に、紅蓮はさらに眉を寄せた。天狐が困ったように微笑する。乱暴にして悪かったとさらに続けた彼は、面差しを伏せて表情を隠した。
 笑みを作った口元だけが、夕焼けに照らし出されていた。
「あまり……他人に、見せたいものじゃないから」
 驚かせてごめんね、と笑って、彼は手の内の布を握りしめた。
 ようやく、いつかの塗込での件を指しているのだと気付いて、紅蓮は目を瞬いた。今更そんなことを言われるとは思っていなかった。しかも謝られるいわれがない――強引な手段を取ったのは、紅蓮も同じだからだ。
 あの日蒼白だった顔色が、残照を受けてやわらかく染まっている。
 泣き出しそうだと頭の片隅で鳴っていた警鐘は、今は何事もなくただ揺れていた。
 水に濡れた天狐の左脚が目に留まる。簡単に血を洗い流されただけの肌には、まだ傷口が真っ赤な色を広げて残されていた。
 ――知らず、紅蓮は訊ねていた。
「お前は、どちらなんだ」
 ひくりと、天狐の指が震えた。が、構わずに紅蓮は続けた――普段の彼を知る者がいれば目を見張るほど饒舌に、金眼をさらに鋭くして、彼は目の前の子供に問うていた。
「触れられた時から違和感があった。お前はばらばらなんだ。どっちつかずで気配が混じり合って、周りが惑ってしまう、」
 微かな躊躇いが、最後に語気を弱める。
 けれど結局彼は、その先を口にした。
「もしお前が人に近いものなら、俺たち…俺は、」
「ずっと昔に」
 なのに言いたかった言葉は口早に遮られて、かき消されてしまった。
「考えたことがあるよ。人であったら良かっただろうかって。でも、」
 昌浩はようやく顔を上げて、紅蓮ににっこりと微笑みかけた。
「妖だろうが人であろうが、俺の望みに変わりはないんだって気付いたんだ。だったら俺はこのまま妖として死ぬんだって、もう決めたんだ」

【GALLERY/家族パラレル】に短編「誤算」をアップしました。

バレンタイン記念です。普通に紅昌コメディで書いてたはずなのになぜか最後「?」な感じでしめてしまいました。どうしてこうなった。

あと百合入ってます。趣味です。
それとあんまり紅昌じゃなくなりました。すみません。
うちの二人は本当にデキているのかどうか怪しいですが、できてますよ。チューしてますよ。それ以上は条例にひっかかるのでちょっと。
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