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 一刻半の後、三人が風で戻ってきた。
 青龍との無言の時間に耐えかねていた昌浩があからさまにほっとして出迎える。気難しい神将の相手などできるはずもないので、昌浩は青龍と口を利いていなかった。当然会話など起こるはずもない。
 土御門殿に近づく危険の兆候はなく、また六合たちの道中も何もなかったそうだ。晴明の息子の身に累が及ばなかったことに昌浩は胸をなでおろしたが、心の底から喜べたわけではなかった。
 敵に動きはなく、僧の気配は感じられなかった。つまり昌浩を囮としたこの作戦が失敗に終わったことを意味している。
 「出なかったわね……」
 青龍一人を土御門殿に残し、皆を安倍邸に運ぶ手はずを言いつかっていた太陰は、何の収穫もなかったことに不機嫌になっている。見かねたのか、六合が珍しく重い口を開けて慰めた。
「敵が慎重になっていると考えたほうがいい。こちらにも天狐がいるのだから」
「それはそれで腹に据えかねるのよ。だってわたしたち十二神将が人間に侮られてるってことじゃない」
「そもそも、」玄武が不審げに後を継いだ。
「騰蛇と勾陣の二人を押さえこめる法力を持つ人間など、本当に存在するのか?」
 一同が眉を顰めて小さな神将を見やる。彼は指を顎に当てて、神経質そうに片足で桧皮葺の屋根を擦った。
「末席とはいえ我らは神。晴明ですらそのような真似、軽々とできるものではない。――昌浩。僧は本当に、人間であったのか?」
 視線が年若い天狐に集中した。
 昌浩が黒曜の瞳を伏せる――数日前の記憶、肌で感じた霊力を思い起こしているように、視線が揺れる。
「……彼は……」
 惑うように、唇が震える。
 だが次の瞬間、昌浩は瞳を大きく見開いて背後を顧みた。
「いた!!」
「なに?」
「北……すぐそこの辻!」
 怪僧のおぞましい法力が神経に触れ、昌浩は叫んだ。怪訝に聞き返されて答えを返すことすらもどかしい。
 感覚する――僧はまだ気付いていない。
 杉皮を蹴って屋根の縁に進む。そのまま飛び出そうとする昌浩の腕を、誰かが掴んで押しとどめた。弾みでつんのめる。
 抗議のために見上げた先には、無口な神将がいた。
「なにするんだ! せっかく見つけたのに――」
「突出するな」
 ぐいと引き戻し、六合は手短に同胞に指示した。
「太陰、風を。青龍は警護を」
「わかったわ!」
 太陰が応じる/青龍が舌打ちする。
 神気によって創られた大気の渦が、青龍以外を瞬時に閉じ込め上空に舞い上がった。
 凌壽と僧を敵とした一連の戦いの主導権を握っているのは、狩る立場である敵側だ。守らなければならないものの多い晴明たちは、自然、防衛に力を入れてしまう。それでは後手に回らざるを得なくなり、先手を取ることは難しくなる。すなわち、相手の不意を突く奇襲を行うことができない。彼らは今圧倒的に不利な状態に置かれていた。そんな中、奇襲を行う好機――悟られる前に相手の位置を特定できたことは行幸に近く、この機宜を逃すわけにはいかないのだった。
「あそこね!」
 加速は即時。あっという間に目指す四つ辻に近づく。と、眼下では網代笠をかぶった大柄な僧が素早く踵を返そうとしていた。
「間違いない、あいつだ!」
 面々の中で唯一僧を目にしている昌浩が確認を取る。ちらりと覗いた面影は間違いなく、あの時の壮年の男だった。
「太陰、俺を落とせ」
「でも六合、」
「心配ない。結界は頼んだ」
 太陰が大きく眦を決する。だがすぐに彼女はきっと唇を引き結び、僧の頭上へと追い付くと竜巻の中から六合を放り出した。
 僧が反応し、天を仰ぐ。六合の長布が音を立てて広がる――左手首の銀輪が輝き、流水の如く形を変える。
 現れた銀槍を手にし、六合は鋭く得物を振り下ろした。
 自重と加速の加重を乗せて、一撃が怪僧の脳天に直撃する。

 ――金属音。

 六合渾身の攻めは届いていなかった。ぎりぎりのところで僧は錫杖を翳し受け止めていたのだ。
 僧が錫杖を捻り、槍を絡め取ろうとする。察した六合が力を反転し、逆に得物を奪い取ろうと試みる。数瞬の絡み合い――しかし、昌浩たちにはそれで十分だった。
「結!」
 仄白い焔と共に空間が隔絶する。人界とは僅かに位相のずれた空間に閉じ込める。
 狐火に満たされた、昌浩の支配する異空間。けれど僧は間一髪、大きく飛び離れると遊環を鋭く鳴らして己の周りに小さな結界を築き、狐火の進行を妨げた。着地した昌浩と玄武、太陰を認め、僧は舌打ちと共に錫杖を構えた。
 六合も油断なく銀槍を構え、間合いをはかっている。
 僧の腕は大したものだった。加えてかなりの剛力である。六合と数合打ち合える人間が存在するとは、と玄武は舌を巻いた。
 できればあのまま接近戦を続け、僧に術を使う隙を与えぬようにしたかった。けれどそうも言っていられぬほどの腕前である。現に、あの六合が術の発動に反応できなかった。
 さらに、理のこともある。十二神将は親たる人間を傷つけてはならない――怪僧を討つのはあくまでも昌浩でなくてはならないのだ。
 だが遠距離戦を得手としている昌浩の力を完全に発揮するためには、今度は側で打ち合う六合が邪魔になる。まったく、彼らと僧は相性の悪い相手だった。
「ひとつ訊きたい」
 昌浩が前に出る。何を悠長な、と玄武は非難がましく彼を見上げた。
 が、言葉は出ずに終わる。――彼の眼差しが、何物をも寄せ付けずに燃え上っていた。
 その奥に秘められた感情が何なのか、玄武に読み取ることはできなかった。
「何故中宮を狙う」
 続けて、昌浩はゆっくりと勧告した。
「答えろ。……大人しく降伏すれば、命までは取らない」
(馬鹿な)
 玄武と太陰は驚いて、小柄な天狐に目をやった。……何を言い出すのだ、彼は。
 笠の下で、僧の目が細くなる。そのまま、くつりと笑いが漏れた。墨染の僧衣が上下し、手にした得物の先の遊環が揺れる。金属の擦れ合う甲高い響きが広がる。
 その音に誰もが集中したその瞬間、黒衣の袖口からほつれた糸が滑り落ちた。
 黒い糸。その糸が、狐火のない地表に触れる。
 瞬間、僧の足下から妖気が噴き出した。
「――――!?」
 誰もがはっと息を呑んで、糸の正体を悟った。
 黒糸――いいや違う、あれは毛髪。
 凌壽の髪だ。
 神将たちの様を嘲笑い、僧はいっそ悠然として錫杖を地に打ち付けた。
「我が名は丞按。覚えておけ――藤原の血を滅ぼす者の名をなあ!」
 途端、漆黒の化け物が地面からぬうっと鎌首を持ち上げた。
 一匹ではない。いくつもいくつも、沼地に湧く泡のように後から後へと現れる四足の幻妖が、狭い円の中から億劫そうに前足を引き抜いている。
 躊躇する余裕は、もうとっくに無くなっていた。
 昌浩は奥歯を噛み締めた。降伏など、聞き入れられるはずがないことは重々承知していた――けれども、どうしてもしたかったのだ。
 そのツケがこれか。苦々しく目を細め、昌浩は白炎に命じた。
「顕れろ!」
 空間を満たす焔は従順だった。焔の一部が僧――丞按を取り囲むように凝縮する。密度を高め、高物質化した焔は四体の獣の姿をとった。長い口吻、すらりとした手足、ふさふさとした尻尾――微かに揺らめきを残した四匹の白狐は、牙を剥いて主人の命に従った。次々に幻妖に飛びかかると、俊敏な動きで翻弄する。的確に首を狙い続けるその姿勢は、よく訓練された猟犬のそれだった。
 だが幻妖の勢いはそれをも凌ぐ。同族の屍を踏み越える獣を目にして、玄武は眉を吊り上げると両手を翳した。
「波流壁!」
 透明な水の障壁が丞按と幻妖を閉じ込めるべく収束する。しかし響く金属音がそれを妨害した。
 流水が敢えなく散り、飛沫と化す。丞按の術が押し勝ったのだ。
「馬鹿なっ……」
 愕然となる玄武を六合が素早く庇う。

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