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 八十年前につくった古傷が、包帯の下でぶちりと裂ける音を聞いた。
 ついで、かすかな痛みが走る――痛みが広がる。
 体内に残った妖気が、元在った場所に還ろうと躍起になっているのだ。
 じくじくと反応する妖気の痛みを抱え、彼は閃光の消え失せた夜空を睨んだ。三丈ばかり離れた空中に、夜より濃い闇が澱んだように固まり、幼い妖と神将を見下ろしている。
 ずっと子どもを追ってきた、裏切り者の天狐。
 凌壽は嬉しげに哄笑を上げると、うっそりと目を細めた。
「久しいな昌浩、元気だったか?」
「お前に遭わない間はな……!」
 唸り、子ども――昌浩は、気配を消すためにずっと抑えていた通力を解き放った。爆発的に広がった霊力がそのまま凝縮し、上空に立ち尽くす凌壽へと叩きつけられる。
「おっと」
 闇が躍る。
 巨大な霊力の塊をひらりと避け、凌壽は大きく跳び退った。おそらくは昌浩の攻撃など予測済みだったのだろう。わかってはいたが、かすり傷さえ負わせられなかったことに舌打ちをして、昌浩は素早く周囲に目を走らせた。
 ここは人間の、それもこの国の帝の妻が住まう邸だ。このままではいらぬ被害が及んでしまうだろう。それに、それでは自身も全力を出しきることはかなわない。
 昌浩のすぐ近くで身構えている神将二人は、突然の事態に戸惑っているようだった。目の前の天狐達にどう対処するべきか判断しかねているのだろう。勾陳が抜き放った筆架叉の刃が、白々と月光を弾いているのが目に入った。
 ――だが、昌浩は最初からふたりを当てにする気などさらさらない。
 助けなど、必要としてはいけないのだ。
 視線を戻す。凌壽は空を踏みしめたまま動こうともしていない。その鉛色の眼差しは昌浩だけに注がれている。その視線を真正面から撥ね返し、昌浩は両の脚に霊力を集中させると地を蹴った。
 かざした手のひらの先に光り輝く槍が出現する。高く跳躍しながらそれを投げ放つ。
 今度こそ、凌壽は動いた。その足が何も存在しない空間を蹴る。大きくとんぼを切って光の槍をかわすと、敷地の一番端、築地塀の上に着地する。
 ほぼ同時に地に降り立った昌浩の髪が大きく翻った。仄白い狐火が地表を舐めたかと思うと、土御門殿を覆う結界が瞬時に結ばれる。
 凌壽が鼻で笑い、結界壁の向こう側から昌浩を見下ろした。
 ――結界を打ち砕くつもりなのだ。
「させるか!」
 昌浩は右腕を振り払った。生みだされた霊気の刃が下方から凌壽に襲いかかる。凌壽はそれを苦もなく避け、再び宙に浮かんだ。煌々と照る満月を背後にしていても、その口元がはっきりと認められる。
 ――遊ばれている。
 いや、と昌浩は心の中でかぶりを振った。
 昔からそうだった。いつだって凌壽は自分で遊んでいた。そして自分はいつだって、彼の遊びから逃げることに必死だった。
 だが、もう逃げることは許されない。退いてしまえば大切なものが失われる。
 奴の手にかかってしまう。
 震えを押し隠し、昌浩は再び脚に霊力を込めた。一跳びで築地塀に跳び乗り、続けてさらに跳躍する。
 凌壽はその場から一歩も動かなかった。腰に手を当てたままで、まっすぐ昌浩の瞳を射抜いている。
 霊気の渦を纏わせ、渾身の力で昌浩は右腕を振り下ろした。
 だが、一撃は凌壽には届かない。
 凌壽によって創生された不可視の壁が、昌浩の霊力と拮抗する。唇を噛みしめ、昌浩はさらに力を込めようとしたが――瞬間、激しい痛みが首の古傷を襲った。
「ぐっ……!」
 昌浩が苦痛に顔を歪める。妖気が出口を求めて傷口を喰い破っている――長く接近しすぎたのだ。
 痛みで僅かに力が緩む。均衡が崩れた、凌壽はその隙を逃さなかった。霊力が膨れ上がり、防御壁が昌浩を弾き飛ばす。
「………っ!」
 飛びそうになる意識を叱咤し、昌浩は地面に叩きつけられる寸前で体勢を立て直した。
 大路の真ん中に膝をつく。荒く息を継ぎながら、気を緩めることなく顔を上げる。
 追撃はなかった。代わりに黒い影が降下し、音もなく地に降り立つ。首筋を押さえながら息を切らしている昌浩を、凌壽は冷たく睥睨した。
「児戯だな」
 痺れる身体に鞭を入れ、昌浩はふらふらと立ち上がった。土御門殿から凌壽を引き離すため仕方なく不得手な接近戦を仕掛けたはいいが、その代償がこれだ。やはり慣れないことはするべきではない。
 喉元を押さえていた手をどける。見なくとも、べとつく生温い液体が付いているのが感じられた。
 ねっとりとした視線が、血の滲む包帯に絡みつく。それを受けて昌浩が不快げに睨み返すと、凌壽は面白そうに口を開いた。
「お前と遊ぶのは楽しかったぞ、昌浩。だが流石に時間が無くなった。
 ……九尾にも煩くせっつかれていることだし、」
 ゆっくりと伸ばされた右腕の先で、爪が音を立てて伸びる。息を呑んだ昌浩の身体が震え、その足が僅かに後ずさる。
 死蝋のような肌で、天狐族を滅ぼした男は酷薄に笑んだ。
「鬼ごっこは、もうお終いだ」
 目の前からふっとその姿が消える。昌浩は目を見開き、全身から通力を迸らせた。
 だが次の瞬間、衝撃に襲われて昌浩は悲鳴を上げた。成すすべなく地面に転がった彼の耳に嘲りの声が響く。
「百年と少しばかりしか生きていない仔狐の牙が、この俺に届くと本気で思っていたのか?」
(まずい……!)
 咄嗟に障壁を張ったおかげで直接的な打撃はなかった。けれども霊気の壁を越えて彼の身を貫いた衝撃は並大抵のものではない。
 噎せながら腕をついて必死に起き上がる。距離を詰められた場合圧倒的に不利なのは昌浩の方だ。身体能力では決して凌壽に打ち勝てない。どうにかして、まずは一旦距離を置かなければ。
 視界が霞む。ともすれば平衡感覚すら失いそうになるのを堪え、防壁を張るために通力を発しかける。ところが突如伸びてきた指に喉笛をつかまれて、昌浩は苦鳴を上げた。
「俺に立ち向かってきたことは褒めてやろう。だが」
 気道と血管が同時に絞まる。凌壽は彼を軽々と宙に持ち上げ、空気を求めて喘ぐ昌浩の表情を満足そうに見やった。
「できそこないのお前では、所詮蛮勇だ」
 凌壽の指の下で、鮮血がじわじわと白い布地を染め上げていく。弱々しくもがいても抵抗にすらならない。針を直接突き立てるような痛みが、次第に喉から全身へと波及して力が入らなくなっていく。それでも昌浩は薄目を開け、震える腕に全力を込めると持ち上げた。
 凌壽の手首にその指がかかる。しかし爪を立てる力もなく血の気が失せた顔で見下ろすと、凌壽はけたたましく笑い声を上げた。
「あの老人にちょっかいを出せばお前が出てくるだろうと思ったさ! まさかこんなに早く釣れるとは思わなかったがな。
 さて、相変わらずお人好しなお前に俺からも頼みがある」
「なん、だと…」
 絶え絶えの息の下、掠れ声で聞き返す幼い妖に、凌壽は残酷に告げた。
「晶霞を呼ぶついでに天珠をくれよ」
 かっと子どもの眼が見開いた。その細い指の先で、ほんの僅か、爪が凌壽の肉に食い込む。
 凄絶な笑みを浮かべ、昌浩は潰されかけた喉で叫んだ。
「断る……!」
 刹那赤い光が迸ったのを認めて、凌壽はそちらを振り返った。
 灼熱の輝きを見せる炎の蛇が二匹、凌壽めがけて迫ってくる。捕らえた昌浩を盾にしようと咄嗟に掲げかけたものの、炎蛇とは逆方向に激しい通力の気配を感じて、彼はその神気の主に昌浩を投げつけた。
 二振りの筆架叉を携えた女が片腕で子どもを抱きとめる。残った左手の刃が凌壽の残像を引き裂いた。だが本体には一筋たりとも傷つけることができていない。続けて凌壽は炎蛇をもかわすが、その後も曲線を描いて迫ってくる蛇を片手に込めた妖力で粉砕した。
 火の粉が舞い散る。その中に現れた二人の神将を、凌壽は不機嫌そうに一瞥した。
「あの老人の……なんといったか、十二神将か。妖同士の闘いに介入するのか? お前達には関係ないだろうに」
 勾陳の手から離れた昌浩は、激しく咳きこみながらうずくまった。首からの出血が酷い。赤い雫がぼたぼたと音を立てて乾いた砂に染みこんでいく。
 その幼い天狐を庇うように立ち、勾陳は凌壽に筆架叉の切っ先を向けた。
「お前は危険な妖だ。野放しにはできないと思ったまでのこと」
 再び煉獄を両手に召喚し、紅蓮が勾陳の横に並ぶ。その金の瞳に剣呑な光をともし、敵意を剥きだしにして彼は唸った。
「貴様が晴明に仇なす前に、この場で消し去ってくれる!」
「できるかな……?」
 暗い瞳で神将を嘲笑うその痩身から煙のように妖力が立ち昇り、ぴりぴりと大気が張り詰める。
 互いが互いの出方を伺っていたその時、激痛に苦しんでいたはずの天狐の叫びが響き渡った。
「彼の者を絡めとれ!」
 ほとんど息だけの、音にならない掠れた叫び。
 だが込められた言霊は容赦なく発動し、発現した霊縛が凌壽の脚を地に縫いつける。凌壽が初めて、微かな焦りをその眼差しに乗せた。
 紅蓮はその機を逃さなかった。掲げた焔から燃え立つ真紅の蛇が鎌首をもたげる。気合とともに炎蛇は放たれ、束縛された天狐へと大きくあぎとを開いて突進した。
 同時に勾陳も動く。地を蹴り炎蛇に並走すると、彼女はそのまま凌壽に躍りかかった。――確実に凌壽を仕留めるための連携攻撃。
 動けないまま二人の神将に庇われている子どもが、その奥かららんらんと光る眼差しで凌壽を射抜いている。
 拘束から逃れて後の間に高めた霊力を全て注ぎこんだのか。あらん限りの力が込められた言霊を解くにはそれ相応の妖力を必要とする。神将を迎え撃っていては解除に回す妖力が足りなくなってしまう。
 ざんばらの前髪の奥で鉛色の双眸が忌々しげに歪む。舌打ちをひとつして、彼は全身の妖気を爆発させた。
 肉薄していた勾陳が咄嗟に筆架叉に通力を込める。襲いくる巨大な爆裂を彼女はなんとか押し返したが、紅蓮の炎蛇はそうはいかなかった。正面からまともに爆裂に突っこんだ焔の蛇が妖力の牙によって粉々に打ち砕かれる。燃えさかる鱗が巻き上げられた砂の中で散り、火の粉となって消滅していく。
 視界を覆う砂塵は目くらましか。すぐにその場を飛び退き紅蓮と共に昌浩を護りながら、勾陳は気を張り詰めた。
 が、いつまで経っても攻撃の気配がない。
 砂煙が晴れていく。二人は油断無く周囲を警戒するが、どこにも天狐の姿は見当たらなかった。妖力の残滓すら感じられない。
 どうやら天狐凌壽が退いたらしいことを認めて、ようやく紅蓮と勾陳は長く息を吐きだした。
 勾陳が筆架叉を帯に戻しながら、些か憔悴したように呟く。
「あれが天狐か……」
「ひとまず退かせることはできたが、他の奴らでは荷が重いかもしれないな」
 紅蓮が苦々しく吐き捨てる。その後ろで、昌浩が覚束ない足取りで立ち上がった。いまだに出血が止まらないのか、胸元は真っ赤に濡れそぼっている。
 血の気のない青白い顔が、己の危機を救った神将に向けられた。

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