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「……う」
 目覚めは最悪だった。酷く気分が悪く、吐き気もする。瞼が重たい。与えられる振動に嫌々ながら目を開けると、六合が昌浩を抱えてゆすぶっていた。
「平気か」
「……多分」
 額を押さえながら立ち上がる。首の古傷は癒えておらず、喋るだけでびりびりと痛んだ。試しに触ればべったりと濡れているのが指先に伝わる。だが、近くに凌壽はいないらしい。その証に傷口は喰い破られてはいない。
 昌浩以外の神将たちはとっくに目を覚ましていたようだった。異界への通路をくぐった際に多大な圧力がかかったはずだが、そんな素振りは一切ない。対して昌浩は身体の節々が痛んでいる。軋む間接と開いた傷口を宥めながら、昌浩は六合の手を借りて立ち上がった。
 薄暗い空と、先の見えないごつごつした黒い岩場と砂地が世界の全てだった。生き物の気配は感じられない。草木一本すら生えていない。太陽もなく月もなく、陰気な死が辺りに満ち満ちている。
 昌浩はぞっとして、両腕で肩を抱いた。

 ここには生命がない。

「……奴め、何のつもりだ」
 忌々しげに勾陳が天を見上げた。土御門殿の結界を破ったのは凌壽だろうが、凌壽がその先何をしたいかが全く読めない。果たして中宮は無事なのだろうか。
 昌浩に目を向け、彼女は手短に尋ねた。
「昌浩、ここから出る。方法はあるか」
「……ないことは、ない」
「勿体をつけるな。さっさと言え」
 きつい金眼が注がれる。昌浩は傷口が開かぬよう右手を喉に当てながら、なるべく筋肉を動かさないように囁いた。
「この世界を構築しているのは凌壽だから、あいつを倒すか、ここから追い出さない限り俺たちは逃げられない」
「……どちらにしろ、相手をしなければならないようだな」
 にやりと、好戦的な笑みを紅蓮が浮かべた。端正な面差しが精悍さを増す。その容貌に一瞬見とれて、昌浩は獰猛な笑顔を惚けたように見つめた。
 昌浩にはけっしてできない表情を、この男はやすやすとやってのけてみせる。凌壽に対してそんな笑顔を作れるひとなど、昌浩はずっといるわけがないと思っていた。

 昌浩にとっての凌壽は、死と苦痛の象徴だ。

 たとえ挑んでいるように見えたって、内心では怖くて怖くて仕方がない。いつだって逃げ出したかった。その恐怖をねじ伏せて必死に戦っていた。凌壽は昌浩より強く、何をしても勝てない。昌浩一人きりではけっして勝つことのできない相手だ。

 ――でも、このひとさえいれば。
 あいつに対して、こんな笑みを浮かべることのできるひとなら。
 凌壽に勝てるかもしれない。
 晴明も晶霞も、昌浩の大事なもの全てを守りきって勝てるかもしれない。

 昌浩を死の寸前ですくい上げてくれた、このひとなら。

「奴の居場所は分かるか」
 重ねて勾陳に問われ、昌浩ははっと意識を戻した。
「少し時間がかかるけど、なんとか」
 天珠で創られたとはいえ、異空間の広さには限界がある。そして昌浩には凌壽の居場所を敏感に探知する感覚器が備わっている。
 これは望んで植え付けられたものではないし、同時に弱点にもなりうるのだけれど。
 八十年前の虐殺の夜に刻まれた古傷の中に潜んでいる凌壽の妖気は、凌壽が近くに寄ると反応して傷を喰い破るのだ。凌壽の元に還ろうとして宿主の霊力を低下させるため、昌浩は凌壽と長く戦えない。
 彼の受けた呪詛の一つだ。
 昌浩は深呼吸すると、瞳を閉ざし体内の妖気に集中した。妖気がどこに向かいたいかを察するためだ。同時に神経を研ぎ澄ませ、鋭敏化した意識が周囲に矛先を向ける。
 耳の奥で何かが掠めた。が、凌壽ではない。これは――
「丞按?」
 呆然と呟いて、昌浩はぱっと顔を上げた。怪僧の名に神将たちが眉を顰める。
「何?」
「奴がいるのか?」
「うん――でもちょっと待って、これは――」
 一緒に誰かの声が響いた、気がした。丞按とはまた違う誰かがいる。微かな悲鳴だ――少女の声だ。
「……彰子……?」
 さっと皆の表情が変貌した。勾陳が硬い面持ちで詰問してくる。
「馬鹿な、姫は晴明と共にいるはずだ」
「でも彰子の声だ、」
 そっくりな人間なんて、と反論しかけ、昌浩は息を呑んだ。つい先程彰子本人が語った言葉を思い出す。

(中宮様よ。私の……異母姉妹に当たる方なの)

 晴明から事情は聞いている。入内するはずだった彰子が呪詛を受けて穢れたために、そっくりな異母姉妹が担ぎ出されたのだと。
 一拍遅れて皆も気がついたのか、一斉に神気を尖らせた。
 土御門殿の結界を破った後に凌壽はこの異空間を創生し、丞按は中宮を浚いここへと連れてきたのだろう。
「場所はわかるか」
 すうっと冷えていく心臓を宥めながら、勾陳に応えて闇の向こうを指す。同時に六合の腕を掴んで、彼は眉尻を下げながら申し入れた。
「ごめん、運んでくれる?」
 俺は早く走れないから、と続けて、昌浩は自分よりずっと背の高い神将を見上げた。六合は軽く目を見張ったものの、反応らしい反応といえばそれだけだった。問い返すこともしない。
 彼は何も言わずに昌浩を抱え上げると、すでに昌浩が指し示した方向に向かって駆け出していた同朋の背を追い始める。昌浩は六合の首にしがみついて激しい振動に目を瞑っていたが、やがて決然と瞳を開いた。
「俺が死にかけたら、」
 耳元への囁きに、黄褐色の瞳が動く。しがみつく腕の力を強め、昌浩は首を伸ばした。
「放っておけ。絶対に近寄るな。一丈は離れて、天珠が現れるのを待て。その時凌壽にはけっして奪われるな」
 近すぎて二人の視線は交わらない。が、昌浩を抱える六合の腕には力が入る。六合は前方を見据え、声を落として尋ねた。
「天珠とは何だ」
 そう、凌壽も同じ単語を口にしていた。天珠と。昌浩が十二神将に伝えた情報の中にその名はない。
 風切り音の中でも六合の声はよく通る。かけられた低い問いに昌浩は目を閉じた。
 隠していた、つもりはなかった。
 けれど本当は隠したかった。だから黙っていた。伝えてしまったら――きっと十二神将たちが昌浩に向ける眼差しが一変することがわかっていた。それが嫌で、耐えられなくて、あえて黙った。
 あの金色の瞳ですら、温度を変えてしまっただろう。
 だが今は伝えねばならない。
 何故なら、彼は覚悟してしまったのだから。
「天珠は天狐の心臓が形を変えたものだ」
 六合がはっきりと聞き取れるように、昌浩は一語一句に力を込めた。
「天狐が命を落とすとその心臓が天珠に変化する。命そのものであり、魂と言い換えてもいい。凌壽がやったように、それは大がかりな術の媒体にすることもできる。どんな呪詛でも浄化できるし――もちろん、人の天命を延ばすことだってできる」
 六合の瞳が驚きに見開いていく。ようやく交わった視線に、昌浩は微笑んでみせた。
「晴明に使えって、言ってくれ」
 

◆◆◆


 神将たちの強靱な視力が幽玄の灯火を捉えたのは、神足を始めて間もなくのことだった。
 怪しく光る青白い光源が五つ、揺らめいて魔法陣を描いている。その中心、逆五芒星の真ん中で、壮年の大柄な身体が成人を迎えたばかりの少女に覆い被さっていた。
 男は墨染の僧衣に身を包み、少女の細い顎を鷲掴みに固定していた。長い髪も艶やかな姫は黒い大蛇にその身を巻かれ、二重に苦悶の表情を浮かべている。その口元へ、伸び上がった大蛇がするすると近づき裂けた舌を出し入れしているのが克明に捉えられた。
 男は確かに丞按だった。奴が何をしようとしているのか知らないが、おそらくこの速度では神足で駆けていようとも間に合わない。
(やるしかない)
 紅蓮は金眼を険しくして、掌に焔を生み出した。だが炎蛇を放ったところでやはり間に合わないだろう。これは賭けだが――きっと丞按は、紅蓮の望む行動を取るに違いない。
 右手の焔を収束させる。圧縮されていく焔が、灼熱の輝きを穂先に残す三叉の槍へと変化する。煉獄を閉じ込めた、真紅の炎槍。紅蓮はそれを大きく振りかぶり、半身になって――
 投擲した。
 剛腕から放たれた三叉槍は、神将たちの神足より早く空気を抉った。ほぼまっすぐの放物線が紅蓮の狙い澄ました通りに丞按の頭部へと向かう。怪僧が身を躱す暇はない。確実に直撃する軌道だった。
 六合と勾陳の背筋に氷塊が落ちる。うなじを粟立たせ、二人はそれぞれの得物を抜いた。

 しかし、紅蓮が理を三度犯すことはなかった。

 丞按が姫から手を離し、地面に置かれていた錫杖を手に取った。拘束から逃れた姫が倒れ伏す。錫杖で地を打ち築いた障壁が、寸でのところで焔の槍を阻んだ。
 霊壁に防がれ槍が散る。赤々と辺りを照らし出す火の粉は弾かれ、丞按自身と姫には届かない。けれど炎槍の衝撃により、結界は撓んでいた。
 焔の残滓が消滅する寸前、その歪んだ障壁へと閃光が四本突き立った。収束された霊力の矢が乾いた音を立てて障壁を打ち砕く。
 六合の腕から離れた昌浩が、離れた場所から手を翳して佇んでいた。
 その視線に押されるように六合と勾陳が丞按の懐に飛び込む。十二神将は人間を害することはできないが、それ以外のこと――拘束くらいはできる。
 勾陳が筆架叉を持たない右手を伸ばす。が、錫杖で振り払われて届かない。六合も同じだ。この男は人の癖に、身体能力が異常に高いのだ。神気で威嚇しても動きが衰えない、付け入る隙がない。錫杖を自らの手足の延長の如く自在に操り、神の末席と易々と渡り合ってみせる。
 人外の範疇に入っているのではないか?
 勾陳はちっと舌打ちして跳びすさる。それでもまだ、この男は人を捨てていない。神将たちが直接手を下すことは許されない。
 槍投げのために足を止めていた紅蓮が追いつき炎蛇を放った。丞按の逃げ道を塞ごうと焔の舌が伸びる。おそらくこれで足止めが成るだろう。一旦丞按を六合一人に任せ、先に魔法陣を筆架叉で引き裂く。返す刃でうねる黒蛇を真っ二つに断ち切り、彼女は姫を抱き起こした。
「中宮、大事ないか」
 少女はまさに彰子にうり二つだった。全く同じ容貌と言ってもいい。二人同じ衣装を着て眼前に現れれば見分けがつかないだろう。けれどこの娘に見鬼はない。
 今は強まった神気で視認できているのだろうが、顔色は真っ青だ。凶将二人の神気と丞按自身の禍々しい霊力に当てられて震えている。加えて帳の奥深くから姿を現すはずのない彼女は、悪意に晒されたことも恐怖に襲われたこともない。それが短時間に降りかかったのだから、怯えるのも無理はなかった。
「我らは安倍晴明の式神。安心召されよ」
「……晴明様の……?」
 聞き取りにくい細い声が上がる。掠れたものだったが、声まで彰子と全く同じ音をしていた。ここまでとはと心中で驚きつつも、勾陳は神気を発して簡易な結界を築いた。
「ここを動くな」

 勾陳が前線を離脱した瞬間、六合は肩にかけた長布を引き剥がしていた。夜色の布地が風を孕んで広がる。錫杖を絡め取ろうと六合の左手が動くが、霊力を込められた柄が長布を打ち払う。ついで丞按の片手が懐へと差し込まれるが、長布の陰に隠れて立ち位置を変えた六合がその手を掴んだ。
「っ!」
 凌壽の力を使わせるわけにはいかない。
 引っ張り出された丞按の手には何も握られていなかった。そのまま関節を決めようと六合は銀槍を腕輪に変化させ右手も伸ばす。しかしその手は錫杖の頭に遮られた。左手も体を捻られ外される――けれど六合は再度銀槍を具現化させ、下方から打ち上げた。錫杖に阻まれて柄が弾かれる。が、丞按の体勢は崩れた。
 髪を取り出す余裕など与えない。六合の打ち込みで動きを制限され、紅蓮の炎蛇で行く手を阻まれ、丞按に為す術はなかった。それでも一瞬の隙を突き、石突が地面に突き刺さる。
 遊環が鳴り響いた。
 眉間に微かな焦りを刻んだ六合を囲むように、むくむくと黒い頭が持ち上がる。歪な頭部が形作られ、幻妖が姿を現そうとしている。
 だが、彼らを突如白い野火が飲み込んだ。
 幻妖の頭がぶくりと泡立つその端から、砂像が波に浚われるように形を崩していく。
 離れたところで仁王立ちしている昌浩が、同心円上に狐火を熾していた。
 その顔色は良くない。首の古傷が開いたままだからだ。じわじわと広がる赤を押さえながら、彼は援護を続けていた。
「退くぞ!」
 その隣に並び立つ紅蓮が叫んだ。中宮救出という目的は達したのだ。これ以上この異空間に留まる必要性はない。相性の悪い丞按と戦り合う意義もない。
「十二神将め……!」
 丞按がぎらぎらと憎悪の眼差しを向けた。頬の痩けた男の形相は凄まじく、護られる中宮が身を縮こまらせる。そんな彼女を一瞥し、丞按は唸り声を上げた。
 折角ここまで辿り着いたというのに、あと一歩で念願を果たすことができたというのに。
 忌々しい安倍晴明の式神どもが邪魔をする!
 丞按が踏み込む。殿を務めようと飛び出してきた勾陳の筆架叉を受け、得物を奪い取られる前に離れる。勾陳と斬り結びながらも着実に前進し続けていく。
 丞按の強みは人間であるということだ。人間である限り、十二神将は丞按を殺傷することができない。であるならば、無理矢理にでも食いつき闘いを挑むのが最善であった。
「勾!」
 紅蓮も勾陳に加勢すべく前へ出る。中宮は六合に任せ、彼は再び焔の槍を召還した。丞按の表情が焦燥で彩られ、ますます攻めに鋭さが乗っていく。神将が中宮を連れて脱出してしまえばそれまでだ――丞按の足では追いつけない。
 狐火さえなければ。
 丞按の幻妖を封じるこの焔さえなければ、まだ丞按に勝機はある。
 最も遠くで狐火を走らせている天狐を睨めつけて、怪僧は錫杖を操る腕に力を込めた。

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