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 少女の悲鳴が上がった。静かな環境で育った章子にとってはあまりに衝撃が強すぎたのだろう。結界と幻妖の群越しに全貌を捉えていた彼女はついに耐えられなくなったのか、ふつりと昏倒した。
 遊環がなる。
 血塗れの錫杖で再び紅蓮を指し示し、丞按は愉悦に浸った笑みを浮かべた。
「無駄なことをするものだな」
 あからさまな侮蔑に、神将たちの顔が歪む。
 その時だった。
 昌浩の血が、うっすらと発光した。
 彼の虚ろな瞳は、太陽も月もない空を見上げたまま微動だにしない。だが体内から逃げた血液だけが広がって、仄白く光を放っていた。
 丞按が履いている草履が赤く血に染まり――刹那、閃光が弾けた。
「なっ……!」
 発光したのは狐火だった。焔に巻かれて丞按がたたらを踏む。油を吸った火が一瞬で燃え広がるように、血を媒介と化して白炎が燃え立ったのだ。
 瞬く間に狐火が一帯に拡散する。昌浩の最期の灯火が茨に触れた。黒いそれが白に転じ、灰となって脆く砕け散る。
 紅蓮は力任せに戒めを振り解いた。その双眸は真紅に染まり、晴明から与えられた二つ名と同じ色を表していた。鋭く踏み込むと同時、その片腕が丞按の喉元へと伸びる。
 金眼が紅く燃えている。

(かまうものか)

 黒い爪は錫杖に阻まれた。が、紅蓮は諦めなかった。鈍い金属音を立てて錫杖を弾き、さらに奥へと踏み込む。
 焔の槍を創ろうとは思わなかった。創造に集中する一瞬が惜しかったからだ。その一瞬を作るくらいなら、素手で丞按を括る方がいくらかましだった。
 三度目の禁忌を犯そうとしていることに、躊躇いはなかった。
 ――昔、もし晴明が人間に殺されたら、と考えたことはあった。しかしその時は答えが出ず、保留にしたまま記憶の奥深くにしまいこみ、自問そのものを忘れていた。
 けれど今なら答えられる。
 ああ、そうだ。もし晴明が殺されれば、その相手を八つ裂きにするのは俺の役目だ。他の誰にもできはしない。俺だけが成し得ることができる。既に穢れたこの身だけが、親殺しの責を担えるのだ。
 渦巻く思考が高熱を帯び、激したまま煮え立っていく。

 人間だろうが、かまうものか。

 この人間は昌浩を殺したのだ。
 紅蓮を守ろうとして飛び出した彼を殺した。

 彼だけが、晴明と同じに笑いかけてくれた。
 ――その笑顔を、信じかけていたのに。

「丞按…!」

 激しい闘気に煽られた狐火は広がり続け、焔に煽られた幻妖が逃げ惑った。六合と勾陳の茨を焔が灼き切り、灰が舞い散る。解き放たれた闘将二人は紅蓮に加勢して、狐火の中を走り抜けた。
 六合と勾陳の視線が僅かな間紅蓮の背中に注がれる。痛いほどの殺気が迸っていた。それを認めるや否や、勾陳の眼差しが険しく顰められる。
(理を犯すつもりか)
 十二神将にとって理は絶対だ。だが、必ずしも最重要視するものではない。晴明と理を天秤にかけられたら――勾陳もどう出るか、己で判断がつきかねる。
 しかし今紅蓮が激高しているのは晴明を傷つけられたからではない。あの天狐が害されたからだ。
 確かに勾陳は紅蓮が変わることを願っていた。彼の情の激しさを知っていたからだ。それが、こんな方向で噴出するとは考えてもいなかった。
 殺気を出しているものの、未だ煉獄を操っていないのは最後の一線を越えていない証拠だろう。ただ、いつ踏み越えてしまってもおかしくない脆い砦だが。
 紅蓮は後悔こそしないかもしれない。けれど苦しまない保証などどこにもなかった。であれば、紅蓮が起こすであろう凶行をなんとしてでも止める必要があった。
 この場でそれができるのは、勾陳しかいない。
 最強を止められるのは、二番手の彼女だけなのだから。
(早まるな、騰蛇よ……!)
 筆架叉を一振りだけ手に取り、勾陳は六合と共に丞按を左右から挟み込んだ。
 いかな剛の者でも所詮は人間だ。体術で神将に勝てるわけがない。ましてや三人掛かりであれば、丞按といえど逃げを意識せざるを得ない。
 紅蓮の猛攻を錫杖を盾にしなんとか凌ぎつつも、重ねて接近する敵影を視認した丞按は冷静に己の不利を認めた。
 中宮に術をかける機会を逸してしまったのは口惜しいが、ここで退かねば自分の命が危ない。炎の闘将は明らかに理性を失いかけている。十二神将の心を縛る理など、いつ無為になるかわからなかった。
(潮時か)
 ちっと舌を打って、丞按は眼前の闘将の左腕を弧を描いた柄で叩いた。瞬間左手を素早く錫杖から離し、短い挙動で闘将の顎を打ち抜く。がちんと歯が鳴る音が響き、確かな手応えが骨を伝った。
 丞按自身の視界から錫杖が見えなくなった、その時だった。
 紅蓮は真紅の双眸をかっと見開いた。揺れる視界と緩慢になろうとする身体の悲鳴を無視して、左手を狙った場所へと伸ばす。
 掴んだのは冷たい感触だった。
 そのまま、金属を握り潰す。
 灼熱の闘気が込められた掌は呪力ごと、丞按の錫杖を木っ端微塵に打ち砕いた。
「ぐっ……!」
 散った破片が丞按の肌に赤い線を残す。得物が消失したことに焦りの色を濃くすると、怪僧は僧衣の袖を払った。
 凌壽から受け取った最後の毛髪が、意思を持つもののように空中を走る。
 もうこの場では使う気はなかったというのに、思わぬ反撃を受けたせいで使わざるを得なかった。錫杖を、丞按の術を最大限に発揮する得物を破壊されてしまったのは完全に予定外だったからだ。あれを失くしてしまった今、縛魔術は凌壽の毛髪を媒介にかけるより他に方法がない。三人の闘将相手に逃げ仰せるには、どうしても行動を制限する術が必要だった。
 もし神将に拘束されて無為に時間を浪費してしまうと、中宮は丞按の手の届かない内裏まで隠れてしまうだろう。それでは丞按の計画全てがおじゃんになる。今は退いて機会を窺うしかない。
 残る黒髪はちょうど三本。
 細い線がくねったかと思うと、たちまち一本が紅蓮に襲いかかった。
 途端真紅の眼がさらに色を濃くして燃え上がる。篭手を嵌めた褐色の腕を横薙ぎに振り払い、紅蓮は吼えた。
「同じ手を食うか!」
 空中に浮かんだ凌壽の髪の毛を、素手のまま毟り取る。
 自殺行為にも等しい所作だったが、彼の掌には既に白銀の焔が燃え立っていた。蚯蚓のようにうねっていた頭髪が、神気に焼き尽くされてぼうと燃え上がる。
 全身から吹き出していた殺気が焔へと変貌する。右手に留まっていた煉獄がさらに火勢を強めたかと思うと、燃え盛る龍が形作られた。
 その間、僅か数瞬。召還された白銀の龍は業火をまき散らしながら突き進み、その口腔へ黒糸を飲み込んだ。合わせられたあぎとの奥で黒い灰が砕け散る。すぐさま紅蓮は龍を操る右腕を振り、照準を丞按の背中に定めた。
 しかし、その軸線上に何体もの幻妖が立ちはだかる。
 最初に気づいたのは六合だった。皆の足下を埋めていた狐火が、いつしか火種を失った炎のように勢いを衰えさせていたのだった。狐火の陣に進入できなかった幻妖たちは陣の外側で右往左往していたが、それを破れることを察した丞按が呼び寄せ配したに違いない。
 弱まった狐火を踏み散らして牙が勾陳たちに迫る。丞按は幻妖を壁として、既に逃亡を図っていた。
「待て……!」
 唸って、紅蓮は龍を解き放った。一直線に伸びた龍身が、炎の牙が、幻妖たちを引き裂き飲み込んでいく。
 だが丞按には届かなかった。
 すんでのところで最後の幻妖に阻まれ、龍は炎鱗を散らして消え失せた。対して丞按は遠く、韋駄天のように駆けている。
 歯噛みして、追い縋ろうと紅蓮は足を踏み出した。神足で駆ければ丞按に追いつくことは簡単だ。が、その腕を引き留める者があった。真紅の瞳が鋭く眇められ、きっと仲間を振り返る。
 引き留めた当人の勾陳は首を振って、彼を諫めた。
「私たちの目的は丞按を倒すことではない。ここから脱出して帰還することだ、――中宮を保護してな」
「――っ」
 反論の言葉が口を突いて出そうになる。だがなけなしの理性が、ぎりぎりでその圧力を封じ込めた。
 勾陳の言うとおりだ。
 紅蓮の衝動は感情に任せただけの危険な代物だ。主から与えられた命は中宮を助け無事連れ帰ることのみ。無理に追撃をかける必要性はどこにもない。
 目的を果たした今、わざわざ理を犯さずともよいはずだった。
 紅蓮の瞳の色が落ちる。現れた金色の輝きは呆然として、離れた所で横たわる小さな骸に向けられた。

 その表情がはにかんでいた時を思い出す。

(――この前はありがとう)

 彼はぴくりとも動かなかった。
 その瞳は開いていた。光はなく、ただ虚ろだけを映していた。薄く開いた唇は青みを帯びて空に向かい、熱を拒否し続けていた。
 ふらふらとその隣に膝を落とす。紅蓮は微かな希望を抱いて腕を動かした。口元に掌を翳す、が、空気は動かない。
 真っ赤に染まった首の包帯にも指を添えた。ぬるつく液体はまだ温度を置き土産に残している。けれど、確かな証は微塵も与えてはくれなかった。
 彼の上に死が降り積もっていく。

(凌壽から助けてくれて。感謝してる)

 声が聞こえたような気がした。
 反響するその音の源を探して、紅蓮は辺りを見回した。
 一面に広がる砂地と岩場が目に入る。だがどこにも生命の気配は見当たらない。彼の気配もどこにもない。
 視線を元に戻す。黒髪が地面に散らばっていた。騰蛇より一回りも小さな身体の下で、砂がどす黒く染まっている。

 もう認めざるを得なかった。

 昌浩は死んでいた。

 何か生命があれば彼は自身の能力によって命を繋いでいたかもしれなかった。だというのに、この空間には何もない。だから彼は傷を癒せずに斃れてしまった。
 そこで思い至り、紅蓮ははっと息を呑み込んだ。

 この異空間を創った凌壽の目的は、まさしくこれだったのではないだろうか。

 最初からここが彼を殺すためだけに創られた檻だったとしたら。
 丞按に中宮を連れ込ませたのもきっと偽装だ。どうして早く気づかなかったのか。元々凌壽の狙いは彼だったのだから、すぐにその狙いに気づくべきだったのだ。
 気づいていれば、昌浩は死ななかった。
 こんなに呆気なく死ぬことはなかったのだ。

(俺の命を拾ってくれたのは、騰蛇なんだ)

 取り戻す術はない。彼の屈託も打算もない微笑みは、永久に失われてしまった。

(俺、騰蛇が好きだよ)

「……なぜ、俺を、庇ったんだ……?」
 ぽつりと落ちた呟きに、六合が微かに眉を寄せた。
「騰蛇、」
 紅蓮は見るからに動揺していた。六合とて何も感じないわけではないが、あの最凶たる騰蛇が眼前で衝撃を受けているのだ。その事実によって、六合はまだ冷静でいられることができていた。
 おそらく昌浩は自分が死ぬことを覚悟していたに違いない。だからあんな言葉を六合に遺したのだ。

 あの時耳元で囁かれた警告は、遺言。
 
 六合は昌浩の言葉を思い出しながら、紅蓮の肩を掴んだ。
「離れろ、騰蛇。早く」
 紅蓮は緩く頭を振った。聞き分けのない幼児のようだった。
 昌浩が命を落としてどのくらい経つのだろう。まだ彼の骸に変化は起こっていない。ということは、これから変化が始まるのだろう。昌浩は一丈は離れろと言っていた、早く距離を取らなければならない。
 理由を話している暇はなかった。掴んだ肩を引っ張る。筆架叉をしまった勾陳も紅蓮の背後に立って、そっと肩に手を添えた。
「……置いていくわけにも、いかんだろうな」
 晴明が悲しむだろう。
 勾陳の切れ長の瞳は珍しく痛みを湛えていた。細い呟きの後に首が振られる。感傷を振り払った声が、凛として響いた。
「騰蛇、立て。……六合、昌浩を運べるか。私は中宮を。なんとかして結界を破り人界に立ち帰るぞ」
「待て、その前に」
 話しておかねばならないことが、と続けようとして、六合は紅蓮の肩を先程より強く引いた。血潮に濡れた指が昌浩から外れる。ようやく紅蓮は顔を上げて、六合を見た。
 六合のよく知る凶将騰蛇は、そこにはいなかった。
 初めて逢う男がそこにいた。いつも冷酷な眼差しを向けていた神将の姿はどこにもない。帰り道を忘れてしまった迷い子のような瞳が、六合を見上げていた。
 六合は静かに狼狽した。
「……騰蛇」
 紅蓮が眼差しを伏せる。動揺が伝わったのか、彼は静かに視線を逸らした。
「ああ……すまん」
 彼の口から零れた謝罪に、六合は内心で驚いた。
 こんな台詞を言う男ではなかったというのに。
 その思いは勾陳も同じようだった。強ばった彼女の頬が、六合が受けたものと同じ動揺を物語っていた。
 同朋に促され、俯いたまま紅蓮が立ち上がろうとする。

 その時、指を引くものがあった。

 ひゅっと息を呑んで、紅蓮は視線を落とした。
 黒に近い褐色の指を、別の青白い指が握っていた。
 天を仰いでいたはずの真っ黒な瞳が光のないままにぎょろりと動く。

 眼が合った。

 次の瞬間身体を襲った衝撃に、紅蓮は耐えきれず崩れ落ちた。
 

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救いはどこにでもあるものと信じて。
悠||2010/07/08(Thu)|Edit
メタな発言をするのであれば、紅蓮・昌浩両人の希求するものを与えてやりたいとは考えております。
ただ、それが完全な幸福とは限りません。
完全な幸福は、どんな人間にも与えられないものです。
2010/11/29(Mon)
どんなに暗闇が続いていても、いつか光が射すことを信じてます。
ほととぎす||2010/07/18(Sun)|Edit
バッドエンドにする気はありません。
当人達が選んだ道を大切にしたいと考えています。
誰だって、不幸せよりは幸福を選びたがります。
朧月夜の昌浩も、それは同じです。
光が射すであろう道を選んで、歩み続けています。

書き手としても、彼に光を与えてやりたいと思っています。
2010/11/29(Mon)
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