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 昌浩が式にくだり、数日が経った。
 土御門殿にかけられた呪詛の件はないものとして扱われ、ごくごく少数の者だけがその事実を知ることになった。けれど中宮の体調は相変わらず思わしくなく、快復しない。未だ呪いがかけられているのでは、と中宮の父、左大臣藤原道長が晴明に文を寄越したが、晴明の見立てではただの気鬱だろうとのことだった。
 土御門殿に配されている神将たちの目から見ても、それは間違いない。
 そして、晴明たちが懸念している敵の攻撃も、以前訪れないままだった。
 

◆◆◆


 晴明から借りた陰陽道の書を文台に丁寧に広げて、昌浩と彰子は二人して覗きこんでいた。遊びで読むようなものではないが、常から興味を示していた彰子に晴明が貸してくれたのだ。
 彰子は藤原家の息女だけあって漢文もすいすいと読みこなせる。妖である昌浩も、いつどこで覚えたのかは知らないが一通りの文字を知っており、文法も把握しているようだった。加えて陰陽道は本来大陸の思想を基礎とし発展したものであるために、大陸から渡ってきた彼には理解しやすいもののようであった。
 それでも、さすがに梵語までは理解しきれない。昌浩は頭を捻りながら頁を繰って、文をなぞった。
「だからね、たぶんこの部分がそれぞれの方位の不動明王を指すんじゃないかと」
「……どうして違う言葉で言わなきゃだめなのかしら。この国の言葉で言ってはいけないの?」
「…………。どうなんだろ。通じるとは思うけどなー、相手は神仏だし」
「じゃあなんでなのかしら」
「なんでだろ」
 むう、と二人で考えこんでいたその時、かたりと妻戸が鳴った。開いた先から顔を覗かせたのは童女の姿をした神将、太陰である。
 彼女は振り返った昌浩の黒瞳を見据えると、静かに呼びかけた。
「晴明が呼んでるわ。至急だって」
 彰子には、それが何を意味するのかはわからなかった。ただ直感的に不安を感じて、傍らの昌浩を見上げた。
 ――彼の眼差しは、ひどく硬質化して、彼方を見据えていた。
 気配が鋭く研ぎ澄まされていく。つい先程まで在った陽だまりのような存在感が、抜き身の刃の煌めきに塗り潰されていく。
 背筋を氷塊が滑り落ちていく感触に、彰子はおもわず昌浩の手を取っていた。
「昌浩?」
 少年ははっとして、少女の大きな瞳を見返した。眉が気まずげに下がり、それから、そっと少女の手が握り返された。
「大丈夫だよ、彰子」
 やわらかい微笑みとともに、昌浩は告げた。
「仕事に行ってくるだけだから」
 指が離れていく。
 太陰に連れられて妻戸をくぐる昌浩の背を、彰子は言葉もなく見送った。
 

「何の御用ですか」
 晴明の部屋に入るなり、昌浩は開口一番に尋ねた。
 単衣に袿を羽織っただけという姿の晴明は珍しく茵を出、文台の前の円座に座している。部屋の中に十二神将の姿はなく、気配もない。案内してきた太陰も到着するなり姿を消した。つまりここには今、晴明と昌浩の両名しか存在していない。まったくの二人きりだった。
 老人は文台の上の文をたたむと、己の息子の部屋がある方に頭を回らした。
「正午を回ってから、吉昌が土御門殿に赴き中宮様の快癒を執り行うことになった。あなたには吉昌の警護と、結界の再度の結びをお願いしたい。青龍と太陰が同行します。よろしいかな」
「わかりました」
 少年はすぐさま首肯する。――が、彼はその場を動かなかった。
 ほんの僅かの躊躇いの後、唇が開く。
「僧が……出てきたら、どうしますか」
 極力感情が排された声音が続いた。
「殺しますか。それとも捕らえたほうがいいですか」
「余力があれば」
 対して、晴明の声はいっそ優しかった。
「捕らえることもできましょう。ですが、今は全力で排除すべきかと」
「……そうですか」
 昌浩の瞼が固く閉ざされる。ややあってから現れた双眸に、彼は曖昧に微笑を乗せた。
「まだ一刻ありますね。……晴明、書を貸してくれてありがとう」
「いえ、彰子様も楽しんでおられるようでなによりです」
 あれほど楽しそうな彰子の姿を、晴明は見たことがなかった。元々闊達な性格の姫だったが、窮奇の呪詛を受け安倍の家に移ってからは時折沈んだ様子を見せていた。それが、こうも簡単に拭い去ることができるとは考えもしなかったのだ。
 すべて、昌浩が彰子と接するようになったおかげだった。
「――しかし、あなたが陰陽道に詳しいとは思わなかった」
 言うと、天狐は虚を突かれたように目を丸くして、落ち着きなく視線を彷徨わせた。
「詳しくなんて……ないです。かじったくらいで」
「どなたかから習ったのですか」
 思いもかけず生まれた疑問を、晴明は驚きとともにぶつけた。漏れ聞こえる限りで、彼が陰陽道の基礎を理解していることは判明していた。妖であれば、そんな機会はないはず。たとえ天狐であっても同様だ。
 では、なぜ彼は知っているのか。
 少年は困ったように眉尻を下げた。答えはなく、そして、それこそが答えだった。

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こんにちは綾羅さま、悠です。
最近私生活が忙しくてサイト巡りもままならなかったのですが(疲)、更新されていた朧月夜を一気に読んで復活いたしました(^^)

個人的には、五章で昌浩が桂の樹を狐火で燃やすシーンの描写がすごく好きです。「結合を解く」と「ひも解く」や、感傷的な昌浩の心理描写が好みでした。(勝手な解釈ですので、お気にさわったらすみません)

朧月夜の五章~六章(1)を読んでいて、『昌浩が存在しなかった安倍家』が見えてきて、ちょっと切なくなりました。
彰子も紅蓮も、他の面々も、昌浩に沢山救われてきた部分があって。昌浩もそういった人達との関わりがあっての昌浩なんですよね。何だかしみじみしてしまいました;

今後の、昌浩と紅蓮の距離や関係の変化を楽しみにしています。


それと、コメントにレスして下さってありがとうございました。その上、サイトの方にまでおいで下さったとか!?
もう、嬉しいやら恥ずかしいやら。愚作しかないのですが、見て下さってありがとうございます。感激です。


次回作も楽しみにしています。
乱文失礼致しましたm(__)m
URL|2009/06/14(Sun)|Edit
前に書いたやつはもう恥ずかしくてなかなか読めない……(五章は難産だったので特に)のですが、指摘されたとこを読んできました。

……ひゃああ。

うおおお、もっと上手く書きたい! 下手っぴだな自分!(ゴロゴロ)
――さて、『昌浩が存在しなかった安倍家』。正直自分でも書いてて辛いとこがあります。だって(序盤だからというのもあるけど)みんな昌浩に優しくないんだもん!(特に紅蓮)
確かに朧月夜の昌浩は朧月夜なりの設定が入っていますので、原作とは正直別人になっていると自分でも思います。他の登場人物も大なり小なりそうでしょう。ですが、根っこは同じです。だから紅蓮たちとの関係改善は、これからですね。

悠さんの作品、わたしも楽しみにしております。
それではコメント、ありがとうございました。
2009/06/14(Sun)
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