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 敷地をほとんど半分横切る距離を歩いて、前栽の木立に分け入っていく。
 築地塀の隅に辿り着くと、昌浩は深く息を吸い込み、吐き出した。その行程を何回か重ね、気息を整えていくと同時に霊力を練り上げていく。天狐の狐火の波動が収束され、燠火から篝火へ、そして閃光を放つ玉へと変貌していく様が、神将たる太陰と玄武の眼にははっきりと映っていた。
 小さな気合いと共に、片方の踵が地面を叩く。
 たったそれだけで、練り上げられた霊力は結界の基礎として形を得た。
 玄武はしげしげと枯れ葉に覆われた地表を見つめていた。天狐の通力は周囲の地霊や木霊と喧嘩することなく、かといって押しのけるでもなく、自然に根付いている。
 人間や神族より自然との親和性が高い妖だからこその業か――それとも、天狐であるが故の技量の高さのためなのだろうか。
 どうやら大がかりな結界を作るための基点の一つにすぎないそれを注意深く観察しながら、玄武は喉の奥で唸り声を上げた。
 悔しいが、玄武の織りなす結界よりも相当強靭なものになるのは間違いないだろう。
 おそらくは天空と同程度――もしくはそれ以上、だ。
 徒人 にはけっして見えぬ輝きの残光を振り切り、玄武は昌浩を見上げた。天狐が小さく息をついて、それからきょとんと見返してくる。その双眸に、彼は率直に尋ねた。
「何故こんな回りくどい方法を取るのだ?」
 昌浩が、ゆっくりと瞬きする。
 無言のままに続きを促され、小さな神将は物怖じせずに口を開いた。
「天狐ほどの妖なら、この屋敷を囲む結界など造作もなく創れるのだろう?」
 言い終えてから、玄武はしまったというように唇を噛んだ。これでは、まるで自分が僻んでいるかのように聞こえるではないか。
 事実、太陰はそう受け止めたらしい。はっと口元を押さえて、らしくもなくおろおろと二人を見比べている。
 けれども昌浩は気付いているのかいないのか、平然として玄武の問いに答えた。
「相手は凌壽の力を使ってるんだもの。念には念を入れなきゃならないし、俺は形振り構っていられないんだ」
 本当は体の一部分――髪や爪、そして血を媒体にして築き上げてもよかったのだが、そうすると昌浩が倒れた場合結界も同時に崩壊する。自身の欠片を通して常に霊力を注ぐことになるので、本体が死ぬとすぐに結界を維持する霊力が枯渇するためだ。人であれば何か法具を使えばいいのだろうが、あいにく昌浩は妖。半永久的に機能するものを、となると霊力の凝集体を創るしか手がないのだ。
 たとえそれが、人間の技術を踏襲したものであろうと。
 妖の矜持さえかなぐり捨てねばならぬほど、凌壽という天狐は強大なのだ。
 さっと青くなって、太陰と玄武は小さな拳を握りしめる。
 同じ天狐である昌浩がここまで警戒する敵を、彼らは直接見てはいない。ただ話されただけだ――十二神将一番手と二番手でさえ、まともに戦って勝てるかどうか分からない相手だと、本人たちから。
 老練な主は離魂術が使えず、満足に力を奮うことができない。
 はたして十二神将と昌浩だけで、本当に凌壽を倒せるのだろうか――?
 小さな神将たちがすっかり固くなる。昌浩は優しく微笑して、二人の肩を宥めるように叩いた。
「あまり悲観しないで。大丈夫、数のうちじゃ二対十三じゃないか。きっと勝てるよ」
 玄武がじろりと睨み上げる。太陰も青いまま不満げに、「そういう問題?」と言い返した。
「楽観しすぎるのもどうかと我は思うぞ」
「だって、仲間がこんなにいるじゃないか」
「それは……そうだが」
 もごもごと玄武が黙り込む。太陰も言い返せずに口籠っていると、昌浩は声を明るくして、「それに、」と付け加えた。
「俺を助けてくれてた赤くて大きなひとは、きっと凌壽にだって負けないよ」
 思わず、太陰は玄武と顔を見合わせてしまった。
 “赤くて大きなひと”といったら、彼らには一人しか思い当たらない。
 じわりと額に汗が滲むのを感じながら、玄武はおそるおそるその名を口にした。
「それは……騰蛇のことか?」
「あ、そういう名前なの?」
 ぱあっと頬を朱に染めて、昌浩は嬉しそうに身を乗り出した。
「直接聞こうと思ってたんだけど、色々あって聞きそびれてたんだ。――そっか、騰蛇っていうんだ」
 どうしたって隠しきれない好意が滲み出ている。目眩すら覚えて、太陰は後退りながら困惑した声を上げた。
「ちょっと正気?! なんで好きになれるの? あんた最初の夜あいつに」
「太陰!」
 慌てて玄武が太陰の口を塞ぐ。太陰はもごもごと抗議したが、玄武は彼女をしーっと制して、若干後ろめたそうに昌浩をちらりと目をやった。
 まさか紅蓮に一度殺されかけていたとは露ほども知らない昌浩は、幸せそうにはにかんでいる。
「助けてくれたから、ちゃんとお礼を言わなくちゃと思ってたんだ。――恩人だもの」
 誰が見ても、彼が心の底から感謝していることを悟れただろう。
 だから、太陰と玄武は口を噤むしかなかった。もし他の賢明な神将がこの場にいても、きっと同じようにしただろう――何故ならば。
 愛しむような、恥じらんだ笑みを、曇らせることは到底できそうになかったからだ。
 

◆◆◆


 渦巻く風の音が上空から接近してくる。
 六合は屋敷に被害が出るだろうか、と一瞬思案した。けれども、対処するには時間が足りない。彼が反応するより早く、次の瞬間には妖と神将が一人ずつ寝殿の屋根に放り出されていた。
「いった!」
「……太陰……」
「軟弱な男共ねえ、情けないったらありゃしないわ」
 一人風を纏って穏やかに降り立った太陰は、昌浩と玄武を見下ろしながらつんと顎を反らした。結界を創るのに四隅を回らねばならないと聞いて、張り切った彼女は時間短縮という名目で昌浩を竜巻に乗せたのだが、短時間乗っただけだというのに彼はへばってしまっていた。すっかり酔ったようだ。
「そんななりで晴明を守れるのか、天狐」
 青龍が冷たく睥睨する。ぐったりとしていた昌浩はむっとして、頭をもたげて彼を睨んだ。言い争いこそ起こらないものの、不穏な空気が場を支配していく。
 やれやれ、と己以外には誰も気付かない嘆息をついて、六合は口を開いた。
「吉昌の祈祷が終わったようだ」
 全員の視線が六合に集まる。気配を探ってみれば確かにその通りで、皆の意識は晴明より下された任務へと瞬時に切り替わった。
 玄武が屋敷の中を見透かすように目を細める。
「我と太陰、六合が吉昌に付いて一旦屋敷に戻る。その後昌浩を迎えに戻り、僧と凌壽の出方を見る、だったな」
 土御門殿の警護は青龍一人に任されることになるが、結界が張られた今はそれで十分だろう。それに、昌浩の言を信じるならば、今現在最も敵に狙われているのは中宮ではない。
 昌浩だ。
 僧は一番の障害である彼を真っ先に排除しようとするに違いない。そして凌壽は昌浩が弱らない限り動くことはないだろう。つまり今回晴明が昌浩を使ったのは、ただ結界を張ることだけが目的ではなく、彼を囮として僧を誘き出し仕留めることが真の狙いだったのだ。
 人間相手では全力を出せぬ神将たちはその補佐を。
 ――僧を殺すのは、昌浩でなくてはならない。

 太陰、玄武、六合の姿が掻き消えた。陰形した彼らの気配が遠ざかっていくのを感じながら、昌浩は我知らず、喉元に手をやっていた。

 じくじくと広がる痛みが、澱のように澱んでいた。

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