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 目を灼くような閃光が消え失せていく。やがて最初に神将たちの肌に触れたのは、水気だった。
「………?」
 草と土、水の匂い。虫の鈴音。
 光が去り明瞭になる視界の中で、彼らは現在の居場所を確認した。
 異空間に取り込まれた地点は都だったのだが、帰ってきたのはどこともしれない河原だった。
 その腕に中宮を抱いたまま、真っ先に六合が遠くの山々と星を見上げ位置を測る。龍神高龗神が座す貴船山が北側のすぐ近くにある。まだ濃い藍色に染まっている東の空には有明の月がかかっていた。
 賀茂川の上流辺りにいるようだ。
 周囲は人の手が入っていない木々が生い茂っている。幅三丈ほどの緩やかな流れのすぐ近くまでが草むらに覆われ、濃密な生の気配が満ちていた。ついさっきまで取り込まれていた何もない異空間とは対照的だった。改めて、あの空間がどれほど異質であったのかを知る。
 月と星の巡りは丑寅の刻を示していた。都で昼の日中に凌壽と遭遇してからここまで、神将たちは一刻程度しか体感していない。空間を渡る際に位相のずれが時間軸のずれまで誘発したのかもしれなかったが、真相はいくら考えてもわからないだろう。
 確かなのは、ここから都に帰るまでに時間がかかりそうだということだ。
 勾陳が億劫そうに頬の汚れを拭う。
「あれだけの傷を負わせたのだから、当分凌壽は襲ってこないだろう。今のうちに急ぎ中宮を送り届けねばならんな……神隠しと騒ぎになっていそうだが」
「そうだな」
「騰蛇、お前は先に昌浩を連れて晴明の元へ向かえ」
「ああ、わかっ……」
 その時。
 紅蓮の腕の中、昌浩から響いた異音に皆が振り向いた。
 堅いものが擦れ合うぎちぎちという嫌な音が耳朶を叩く。呆然として紅蓮が目を落としたその先で、昌浩は苦悶の表情を浮かべていた。元から浅かった呼吸がどんどんと弱まっていく。一旦良くなっていた顔色がまた青白く染まっていく。
 そして、彼の細い首に、半透明の蔦のようなものが絡みついていた。
 意識を失くしている昌浩は抵抗もできない。紅蓮は咄嗟に蔦に指をかけて引き剥がそうとした。が、指は蔦をすり抜けるばかりで触れることができなかった。神気を込めても同じ結果に終わってしまう。
「なんだこれは……!?」
 苛立たしげに吐き捨てた紅蓮に、木将である六合がはっとしたように叫んだ。
「――木霊だ!」
「なんだと?」
「木霊の呪詛だ。周囲の草木が呪詛をかけている」
「ばかな――木霊の呪詛など、神木を切るか余程多くの樹を焼き払わないでもしない限り――」
 反論しかけ、紅蓮は詰まった。彼の能力を思い出して。
 そう、前者はともかく後者の可能性は高いだろう。彼が傷を負う度に命を吸い上げていたのが植物だとしたら――積もり積もった恨みが形を成したのだとしたら。
 六合は中宮を草の上に下ろすと、纏っていた霊布を手早く引き剥がし昌浩をくるんだ。蔦か――それとも根か。節くれ立った細長い触手は簡易な結界となった霊布に払われて離れていく。しかし諦め悪く、木の根は霊布ごと昌浩を締め付けようと、その輪を大きくしまた力を強めていた。
 六合の霊布が意味を成さなくなる時も近い。
 ならばと神気を発しかけた紅蓮を、険しい眼差しの六合が制した。
「辺りの草木を焼いたところで効きはしない。やめておけ」
「なぜそう言える!」
「この呪詛が木々という種、そのものから向けられているからだ」
 紅蓮は息を呑んだ。
 木将である六合は、同じ属性である木々から呪詛の情報を読みとったのだろう。同じ神将だ、この状況で嘘をつく必要など全くない――加えて、普段寡黙なこの男が酷く饒舌に、また真剣に喋っている。
 その事実が紅蓮を打ちのめしていく。
「どこへ行こうとも逃げられはしない。草木が生えている場所である限りは――逃げるとしたら、さっきのような異空間だけだ。もしくは、呪詛を正面から防いで抵抗するか」
「……そうか、相侮か」
 押し黙っていた勾陳が呟いた。
「おそらく、昌浩は今までずっとこの呪詛を受けていたのだろう。天狐は土の性だから、木剋土。相克だけでいえば不利といえる。だが天狐の強力な霊力が反剋を起こし、土侮木――木霊の呪詛を押し止めていたんだろう」
 昌浩が抱え込んでいたのは、凌壽の呪詛だけではなかったのだ。
 戦いによって霊力を消耗し尽くした隙を突いたもう一つの呪詛。木霊の呪い。呪詛に対抗できるだけの力を失った昌浩に、抗う術などない。このままでは遠からず力尽きるだろう。
「くそっ……」
 紅蓮は昌浩を抱え直すと南方の空を睨んだ。
 十二神将の主がこの場にいれば、何か良い策を授けてくれるかもしれなかった。だが都は遠い。今から駆けていってもきっと間に合わないだろう。
 だが、ここで為す術なく彼の弱っていく様を見ているよりは余程よかった。
 彼の生命力が強ければ、もしかしたら都に辿り着くまでに命を落とさないかもしれない。分の悪い賭だが、やらないよりはましだ。一縷の望みに希望を見いだし、紅蓮が足を踏み出す。その瞬間だった。
「――騰蛇!」
 よく聞き慣れた同胞の声に、皆ははっと上空を見上げた。
 大柄な壮年の男の姿をした風将、白虎が風を操って降りてくる。彼が地表に立つのを待たず、紅蓮はせき立てられるように叫んだ。
「白虎、俺を晴明の元へ運べ!」
「なに……なんだと?」
「説明している暇はない、早くしろ!」
 紅蓮の気迫に呑まれた白虎が竜巻を起こす。枯れ葉と千切れた草の葉が轟と舞い上がり、紅蓮とその腕に抱かれた昌浩の姿を覆い隠した。渦を巻く嵐が強まり上空へと消えていく。残された勾陳たちが目を開けると、紅蓮の神気は既に遠く離れた空中へと移っていた。
 白虎が怪訝な顔で同胞を見やる。
「風読みを続けてようやく見つけたと思ったら……騰蛇め。なんだあれは。奴のあんな顔は初めて見たぞ。まるで別人じゃないか」
「それに関しては同感だな。まあ、色々あったんだ」
「――よくわからんが、説明は後で聞こう」
「すまんな」
 勾陳が微笑して頷く。白虎は苦笑して、草むらに寝かせられたままの中宮へ目をやった。
「お前たちが半日も帰ってこないから晴明は心配していたぞ。大内裏では中宮が神隠しにあったと大騒ぎになっているしな。今は陰陽師と僧侶が総出で帰還のための祭祀を執り行っている」
「では早めに送り届けねば」
「その通り」
 片目を瞑り、白虎は先程よりも優しく嵐を起こし始めた。
 

◆◆◆


 竜巻の中、紅蓮は昌浩をかき抱いていた。木霊の呪詛をはねのける一助にならないかとずっと神気を燃やしているのだが、それに関係なく、竜巻の高度が上がるにつれて次第に呪詛は弱まっていった。木は土に根を張る――地上から離れ、木霊の手の及ばない領域に移動したためだろう。触手の形をした呪詛が枯れ落ち竜巻に吹き散らされていく。だんだんと昌浩の頬に赤みが戻っていくのを確認し、ようやく紅蓮はほっと息をついた。
 ひとまずは窮地を脱したらしい。が、予断はできなかった。再び地上に降りるとき、おそらく木霊は再度呪詛をしかけてくるに違いない。草木はどこにでもある。それは晴明の住まう安部の屋敷といえど例外ではなかった。結界で外界と隔てられていても、内にある森が昌浩に呪詛をかける可能性は十二分にある。
 昌浩を抱きながら、勢いで飛び出してしまったことを紅蓮はほんの少し後悔した。晴明は天命を削られ命の危機にあるというのに、頼れる者といったら彼しかいなかったのだ。きっと幾人かの同胞は、最近式になったばかりのこの幼い天狐を見捨てろというだろう――主の命を脅かしてまで救うべき存在ではないとして。紅蓮とて、昌浩にここまで関わらなければ同じように思ったに違いない。
 しかし、紅蓮は関わってしまった。
 彼に庇われ、守られ、害され、信頼を受けた。――好意を、受けた。
 無視しようとして、できなかった。
 守るべき晴明を捨てかけているとなじられても仕方のないことをしている。けれども理屈をかなぐり捨てて心に従った結果がこれだった。土壇場では己の心に正直であれと、晴明は神将たちにすら説いていたから――紅蓮は晴明の言葉に従ったまでだと言い訳できるかもしれない。
 もちろん、するつもりはないが。
 本当は、晴明の言葉など関係ない。全ては己の心の中にある。
 昌浩は紅蓮の手を握ってくれた。笑いかけてくれた。礼を言ってくれた。好きだとも、言ってくれた。紅蓮を殺しかけて怯え、人を殺して怯え、実の兄から皆を守ろうと盾になった。死の間際まで紅蓮を信じて、凌壽を討つ賭に勝った。
 助ける理由など、それでもう十分だろう。
 竜巻がぐんと高度を下げた。いつの間にか都に入っていたのだ。眼下には見慣れた安部の屋敷が薄明かりに浮き上がっている。庭に佇む同胞と一緒に主の姿を見つけ、紅蓮は胸を撫で下ろした。
 みるみるうちに地表が近づいていく。巻き起こる青嵐にもふらつかず、狩衣姿の晴明は庭に描かれている魔法陣の前で式神を待っていた。竜巻が消えるのを待たず、紅蓮は空中から飛び出した。
「晴明! 昌浩が……」
「話は聞いておる。早く中に、」
 晴明が指したのは、その片手に持つ独鈷杵で描かれたとおぼしき魔法陣だった。中心には晴明がよく使用する五芒星が描かれ、その周りを円陣が囲んでいる。さらにその外側には方陣が描かれ、辺にはそれぞれ天眼石、翡翠、柘榴石、黄鉄鋼が置かれていた。
 魔法陣の中に足を踏み入れ、横抱きにしていた昌浩を下ろす。晴明も続けて陣の中に入ると、険しい顔で赤く染まった昌浩の首元を改めた。包帯を外すと、血で汚れてはいるが破れていない傷が顔を見せる。晴明はじっと深淵を覗き込むようにその古傷を見ていたが、やがて複雑な顔で紅蓮を見上げた。
「不幸中の幸いというべきなのだろうな。本人は本意ではなかろうが、」
「……晴明、なんの話だ」
「お前、彼から吸われたじゃろう」
 “何を”とは問い返せず言葉に詰まって、紅蓮は無言のまま晴明を見やった。
「彼の中には吸気の術で取り込んだ、凌壽の穢れた妖気が巣くっていた。妖気は凌壽本体が近づくと反応し、彼の中で暴れて傷を食い破る。同時に霊力自体も低下させる。霊力が低下すると押さえ込んでいた木霊の呪詛が発動する。……彼が生まれてからこれまで喰らった無数の命を、木々が取り戻そうとしてな。
 だが彼は、お前から神気を取り込んだ。その神気が凌壽の妖気と拮抗して彼の命を救っている」
 紅蓮は意表を突かれたような、呆けた顔になった。晴明が優しく笑う。
「取り込んだ量は妖気の方が多い。じゃがお前が側についておれば神気が高まって妖気は暴れんじゃろう。あとは彼が霊力と体力を回復しさえすればよい。その間、木霊の呪詛はなんとかせねばならぬがな」
「晴明――お前、何故そこまで」
「知っているのか、か? ……本人から聞いていたからじゃよ」
 片膝を突いていた晴明は懐から握り拳大の水晶を取り出した。昌浩の天珠を握っていないもう片方の手に押し込めると、両手を胸の上にそっと安置する。立ち上がると、老陰陽師は一転して険しい顔になった。
 方陣の外側では地面から這いだした半透明の蔦がうねうねと蠢いている。障壁に阻まれて結界内には入っていないが、いつ破られるかはわからない。
「彼をお前たちの異界に移す」
「何?」
「この地より消えれば木霊も手出しはできんじゃろう。異界に移す前に陣の中でもう少し休ませたかったが、そうもいかないようじゃ。紅蓮、お前はこの方の側から離れるな」
 紅蓮は不意にこみ上げた不安感に突き動かされ、唇を開いた。
「晴明、だが、もし凌壽が――」
「同胞たちを信じてやりなさい。……それにな、紅蓮や」
 晴明は目元を和ませると、紅蓮の罅割れた金冠に指をやった。小さく唱えられる呪によって罅は急速に修復されていく。緩みかけた戒めを直すと、晴明は幼子にするように紅蓮の頭を軽く撫でた。
「わしもお前と同じで、この方を死なせたくはないのだよ」
「……晴明?」
「行け。わしのことは気にするでない」
 紅蓮は僅かに逡巡したが、頷いた。
 昌浩は魔法陣の影響か、安らかに呼吸を続けている。眠り続ける彼を再び抱き上げ、紅蓮は異界へと飛んだ。

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