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先週、鬼柳さんがあれよあれよという間にたった二週でやられてしまい、成仏してしまいました。(´・ω・`)
なんてこった……もうちょっと引っ張るかと思ったんだけど。こんなんじゃ……満足……できねえぜ……。

ちなみに最近ゴッズ感想をやってないのは、ニコ動の「適当にシリーズ」でコメントしてるからそれで感想やった気になってるからだヨ。

しかしカーリーとミスティさん飛ばしていきなりボスのルドガーに当たるんかい、遊星さん。構成どうなんのこれ? いったいなんの意図が脚本に込められていくというんだ……。
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長編・朧月夜、第三章(1)を更新しました。

長らくサイトを休止させていただいておりましたが、このたび、ちょろっと芽を出す形で復活したいと思います。そんなわけで、ブログで長編を連載することに相成りました。
サイトに上げていた話数とは違う形になっております。ブログの第二章(2)までが、サイトに乗せていた6話までのお話です。
既掲載分には脱字・誤字の訂正と、序章に大幅な加筆修正を加えました。

これから毎週月曜夜に一話(一記事)ずつ更新したいと思っております。孫ファンのかた、よろしくお願いいたします。

 幼い妖はくらむ視界の中で萎えそうになる足を動かし、後退った。全身が痛む。きちんと直立している自信がない。意識は朦朧とし、苛む苦痛の中、ただひとつの行動を取らせようと警鐘を鳴らしていた。
 逃げなければ。
 晴明に迷惑をかけるわけにはいかない――どこかに隠れ傷を癒し、次の襲撃に備えなければならない。何十回と行ってきた過程を再び追尾し、彼は途切れそうになる思考を繋いだ。
 喉が痛い。呼吸するだけで組織がひきつる。凌壽が離れたことで妖気は暴れなくなったが、新たに与えられた痛みと傷は重かった。口がきけない。この状態ではあの僧とも満足に闘えず、逆に殺されてしまうかもしれない。今の自分はあまりに弱体化している――早く逃げなければ。
 子どもの意識は一極に集中していた。だから、すぐそばにあるふたつの神気を無意識に忘れていた。
 首筋を衝撃が襲う。子どもは己が落ちたことにも気付かずに――無為の暗闇に、思考を溶かしていった。
 

 脆すぎる手応えだった。妖だからと強めに力を込めたのだが、必要なかったかもしれない。それほど呆気なく、幼い天狐は手刀一発で落ちてしまった。
 手負いとはいえ、少しおかしい。
 腕の中でぐったりとしている子どもを訝しげに一瞥し、勾陣はそれを紅蓮に押しつけた。
 昌浩、と呼ばれていたこの天狐を助けたのは、何も親切心からではない。現時点で最も情報を握っているのがこの子どもだからだ。幸い傷を負って弱っていたし、捕らえて脅せば吐くだろうと判断しただけのことだった。
 紅蓮が不器用そうに子どもを抱える。不服そうな眼差しを、勾陣は気付かないふりをしてやり過ごした。彼女では運びにくいから紅蓮に渡したのだ。相手は妖なのだから外見に惑わされなくともいいだろうに、この最強の十二神将は相変わらず子どもが苦手なようだった。
 少しは慣れろ、そう心の中だけで呟き、勾陣は西を振り返った。
「帰るぞ」
 

◆◆◆


 神気がふたつ、近付いてくる。
 凶将たちが戦闘を起こしていたあたりから目を覚ましていた晴明は身を起こした。どうやら紅蓮と勾陣は無事なまま闘いを終えたようだ。怪我をしていなければいいがと嘆息して、彼は袿を羽織った。
 身体の芯を揺さぶる強大な霊気が衝突していたのも気にかかる。二人から詳しく話を聞かなければならないだろう。すでに夜遅く、子の刻を過ぎているが仕方ない。これは十二神将の主たる晴明の義務であり、矜持だった。
 天后が顕現し、そっと晴明の肩を支える。今この部屋の中にいる神将は彼女だけのようだった。珍しく青龍もいない。久方ぶりに人数の少ない自室に戻っている。皆二人の様子を見に行ってしまったのだろうか。
 そこに音もなく妻戸を開き、白虎が顕現した。
「晴明、来てくれ」
 肩を支えていた天后の手が強張る。晴明もさっと顔色を変え、最悪の場合を想定した。
「二人に何かあったのか」
「いや、そうではないが……」
 珍しく白虎が言葉を濁す。とにかく門まで来てくれと繰り返され、晴明は天后と顔を見合わせた。
 白虎とて、今の状態の主人を動かしたくはないはずだ。それがわかっていながら晴明を呼ぶということは、ただならぬ事態であるということになる。だが、紅蓮と勾陣の両名が無事だというのにいったい何が起こったのだろうか。
 天后と白虎に付き添われ庭に下りる。気だるい身体を門まで進めると、すでに幾人かの十二神将が集っている。帰還した凶将二人は、なぜか邸に入らずに門の外側で晴明を待っていた。不思議に思ったが、理由はすぐに知ることになった。
 紅蓮の腕に抱かれた黒衣の子どもが、皆の当惑の原因だった。
「それは?」
 尋ねた天后に、勾陣は簡潔に返した。
「天狐だ」
 とたん、ざわめきが広がる――なかでも、晴明はとみに驚いていた。
 彼の母親もまた、天狐だったのだから。
 子どもは少年のようだった。首からは血が流れ、べったりと胸元を汚している。血の気の失せた肌は白く、か細い呼吸を零す唇は青かった。勾陣が気絶しているその幼い天狐を冷静に指す。
「危ないところを救ってくれた恩人だ。晴明を狙っている奴とも知り合いらしい。見ての通りの傷だし、詳しく話を聞き出そうと思って連れてきた。晴明、入れてやってくれ」
 紅蓮が何か言いたそうにちらりと勾陣を見やる。が、結局沈黙を選んだようで口を開くことはなかった。その様が少し気になったが、晴明はすぐに注意を戻し頷いた。
「わかった。いいだろう」
 結界の創造者の認証が得られた。一時的に妖が結界内に入ることが許される。天狐は神に等しい力を持つが、所詮は妖にすぎない。晴明の許しがない限り入れることができないため、紅蓮たちは晴明を呼んだのだった。
 屋敷の近く、池のそばまで移動する。どこか空いている部屋に入れて、目覚めるまで見張りを付けるかと思案していた晴明の耳に、ぼそりとした呟きが飛び込んできた。
「起きたぞ」
 子どもを抱いていた紅蓮がかすかな身じろぎを感じたのか、注意を促した。彼は抱えていた天狐を下ろすと、乱暴に片腕を掴んでぶら下げる。小さな呻きが天狐の唇から洩れた。ゆるゆると瞼が上がる。茫洋とした瞳が紅蓮を捉え――
 その双眸の奥底で瞬く白い光を認めた瞬間、紅蓮は反射的に彼を地面に叩きつけていた。
「騰蛇?!」
 白虎が叫ぶ。晴明を庇うように青龍が顕現し、間に立つ。天后が悲鳴を上げて口元を覆う。勾陣はそんな友の肩を抱いて、紅蓮と倒れ伏す子どもに鋭い眼差しを向けていた。
 晴明は、ただ静観している。
 子どもの指が痙攣した。間もなくして、ゆっくりと身を起こす。その一挙一動に、その場の誰もが集中していた。
 かくかくと、何かにひっぱられるように子どもが立ち上がる。紅蓮が手のひらを翳し、焔を召喚した。いつでも放てるよう、蛇がばちばちと音を立ててとぐろを巻く。
 しかし、彼は眼前で明るく輝く焔も、そして神将たちすら視界に入っていないようだった。
 足を引きずるように踵を返す。夢見るような足取りで、天狐は敷地の中にある小さな森に近づいていった。その無防備な背中に、紅蓮が殺気を投げつける。が、あからさまに示されたそれさえも、天狐には届いていないようだった。
 一番近い桂の前で足を止めると、子どもは幹に手を触れた。さらに祈りを捧げるかのごとく額を当てる。すると、その身が淡い光に包まれた。
(あの時の)
 勾陣が紅蓮を見やる。紅蓮も目だけで頷き返す。間違いない。二人を癒した時と同じ、青白い灯火だった。
 けれども、直後に起こった現象は二人の身にもたらされたものとは全く異なっていた。
 桂の太い幹がばきばきと軋む。木肌はたちまち荒れ、罅が入り、葉が萎れ、あっという間に立ち枯れていってしまう。水分や生気を芯まで吸い取られ、樹は細く小さく脆くなった。
 燐光が蛍火のように掻き消える。子どもがくずおれた。その身に刻まれた傷は消滅しているが、生気は相変わらず薄い。背筋を這い上るうすら寒い予感に紅蓮は身を震わせた――やはり、連れてくるべきではなかったのだろうか。
 この天狐は敵ではないが、同時に味方でもないのだから。
「……どうなっている」
 青龍が唸った。紅蓮の背に視線が突き刺さる。舌打ちをしたいのをぐっと堪えて、紅蓮は無視することに決めた。青龍が自分に向ける感情など、わかりきっている。今更構っても仕方がない。
「大丈夫なの?」
 不安げに、天后が勾陣に尋ねた。警戒の色が濃い声音は、この場にいる全員の総意だ。だが勾陣は目を瞑ると、心配性な親友の背を軽く叩いてみせた。
 情報が必要なことには変わりない。この天狐が危険であろうがなかろうが、捕えて話を聞きださなくてはならない。もし何か兆候が現れたら、その時は――
 指に触れたあたたかな感触を思い出し、紅蓮は顔をしかめた。子どもは動かない。呼吸で僅かに背中が上下しているだけだ。
 ようやっと煉獄を収め、彼は振り返った。
「どうする」
 晴明はしばらくの間答えなかった。ただじっと、子どもの幼い顔立ちを見つめている。
 神将たちが辛抱強く待っていると、ややあってから命がくだされた。
「……成親の部屋が空いているな。そこで休ませてやれ。見張りは、」
 二名の神将の名を晴明は呼んだ。
「紅蓮、六合。任せたぞ」
 ずっと陰形していた六合が応じる気配を見せた。紅蓮は少し躊躇ってから、子どもに近づく。手を伸ばし、思い切って触れるが子どもは覚醒しない。何も起こらないことに安堵して、彼は慎重に子どもを抱え上げた。
 成親が使っていた部屋に向かう紅蓮の背を、体が冷えることも忘れて晴明は見送った。
 霞みがかった記憶の彼方から、遠く呼び声が響いていた。


◆◆◆


 荒れ果てた廃屋に足を踏み入れる。腐食していない床の上に腰を下ろし、僧は短く悪態をついた。その背後に気配が生まれる――手放していなかった錫杖を軽捷に向けて、僧は殺意をむきだした。
「――なんだ、あの妖は」
 暗闇から滲むように現れ出でた気配の主……凌壽は、にやにやと嗤いながら、楽しそうに答えた。
「あれは俺の獲物さ」
 僧が目元を険しくする。
「貴様、あの妖が俺を邪魔しに来ると知っていたのか?」
「さてな」
 凌壽はひょうひょうと躱すばかりだ。まともに答える気などないのだろう。埒が明かんな、と苦々しく思いながら、僧は錫杖を下ろした。
「天狐どうしで何を争っているか知らんが、俺の邪魔をすることだけは許さんぞ」
「わかっているさ」
 その気のなさそうな返事に苛立つ。凌壽は僧を嘲るように笑みを深くすると、自身の黒髪をぶちぶちと引き千切った。差し出されたそれを忌々しげに僧が奪う。
 僧は会話を打ち切るように背を向ける。凌壽は腕を組むと、今しがた思いついたように「そうそう」とわざとらしく声をかけた。
「あのガキについて、ひとついいことを教えてやろうか。きっと役に立つぞ」
 僧が胡散臭そうな顔で凌壽を睨む。けれど天狐は気分を害すことなく、むしろ機嫌を良くしたようだった。
「あいつはな……」
 朽ちた屋根の上から、月明かりが落ちる。満月だというのに上機嫌で、凌壽は笑った。
 死蝋の肌は月光を吸っても、なお土気色のままだった。

 八十年前につくった古傷が、包帯の下でぶちりと裂ける音を聞いた。
 ついで、かすかな痛みが走る――痛みが広がる。
 体内に残った妖気が、元在った場所に還ろうと躍起になっているのだ。
 じくじくと反応する妖気の痛みを抱え、彼は閃光の消え失せた夜空を睨んだ。三丈ばかり離れた空中に、夜より濃い闇が澱んだように固まり、幼い妖と神将を見下ろしている。
 ずっと子どもを追ってきた、裏切り者の天狐。
 凌壽は嬉しげに哄笑を上げると、うっそりと目を細めた。
「久しいな昌浩、元気だったか?」
「お前に遭わない間はな……!」
 唸り、子ども――昌浩は、気配を消すためにずっと抑えていた通力を解き放った。爆発的に広がった霊力がそのまま凝縮し、上空に立ち尽くす凌壽へと叩きつけられる。
「おっと」
 闇が躍る。
 巨大な霊力の塊をひらりと避け、凌壽は大きく跳び退った。おそらくは昌浩の攻撃など予測済みだったのだろう。わかってはいたが、かすり傷さえ負わせられなかったことに舌打ちをして、昌浩は素早く周囲に目を走らせた。
 ここは人間の、それもこの国の帝の妻が住まう邸だ。このままではいらぬ被害が及んでしまうだろう。それに、それでは自身も全力を出しきることはかなわない。
 昌浩のすぐ近くで身構えている神将二人は、突然の事態に戸惑っているようだった。目の前の天狐達にどう対処するべきか判断しかねているのだろう。勾陳が抜き放った筆架叉の刃が、白々と月光を弾いているのが目に入った。
 ――だが、昌浩は最初からふたりを当てにする気などさらさらない。
 助けなど、必要としてはいけないのだ。
 視線を戻す。凌壽は空を踏みしめたまま動こうともしていない。その鉛色の眼差しは昌浩だけに注がれている。その視線を真正面から撥ね返し、昌浩は両の脚に霊力を集中させると地を蹴った。
 かざした手のひらの先に光り輝く槍が出現する。高く跳躍しながらそれを投げ放つ。
 今度こそ、凌壽は動いた。その足が何も存在しない空間を蹴る。大きくとんぼを切って光の槍をかわすと、敷地の一番端、築地塀の上に着地する。
 ほぼ同時に地に降り立った昌浩の髪が大きく翻った。仄白い狐火が地表を舐めたかと思うと、土御門殿を覆う結界が瞬時に結ばれる。
 凌壽が鼻で笑い、結界壁の向こう側から昌浩を見下ろした。
 ――結界を打ち砕くつもりなのだ。
「させるか!」
 昌浩は右腕を振り払った。生みだされた霊気の刃が下方から凌壽に襲いかかる。凌壽はそれを苦もなく避け、再び宙に浮かんだ。煌々と照る満月を背後にしていても、その口元がはっきりと認められる。
 ――遊ばれている。
 いや、と昌浩は心の中でかぶりを振った。
 昔からそうだった。いつだって凌壽は自分で遊んでいた。そして自分はいつだって、彼の遊びから逃げることに必死だった。
 だが、もう逃げることは許されない。退いてしまえば大切なものが失われる。
 奴の手にかかってしまう。
 震えを押し隠し、昌浩は再び脚に霊力を込めた。一跳びで築地塀に跳び乗り、続けてさらに跳躍する。
 凌壽はその場から一歩も動かなかった。腰に手を当てたままで、まっすぐ昌浩の瞳を射抜いている。
 霊気の渦を纏わせ、渾身の力で昌浩は右腕を振り下ろした。
 だが、一撃は凌壽には届かない。
 凌壽によって創生された不可視の壁が、昌浩の霊力と拮抗する。唇を噛みしめ、昌浩はさらに力を込めようとしたが――瞬間、激しい痛みが首の古傷を襲った。
「ぐっ……!」
 昌浩が苦痛に顔を歪める。妖気が出口を求めて傷口を喰い破っている――長く接近しすぎたのだ。
 痛みで僅かに力が緩む。均衡が崩れた、凌壽はその隙を逃さなかった。霊力が膨れ上がり、防御壁が昌浩を弾き飛ばす。
「………っ!」
 飛びそうになる意識を叱咤し、昌浩は地面に叩きつけられる寸前で体勢を立て直した。
 大路の真ん中に膝をつく。荒く息を継ぎながら、気を緩めることなく顔を上げる。
 追撃はなかった。代わりに黒い影が降下し、音もなく地に降り立つ。首筋を押さえながら息を切らしている昌浩を、凌壽は冷たく睥睨した。
「児戯だな」
 痺れる身体に鞭を入れ、昌浩はふらふらと立ち上がった。土御門殿から凌壽を引き離すため仕方なく不得手な接近戦を仕掛けたはいいが、その代償がこれだ。やはり慣れないことはするべきではない。
 喉元を押さえていた手をどける。見なくとも、べとつく生温い液体が付いているのが感じられた。
 ねっとりとした視線が、血の滲む包帯に絡みつく。それを受けて昌浩が不快げに睨み返すと、凌壽は面白そうに口を開いた。
「お前と遊ぶのは楽しかったぞ、昌浩。だが流石に時間が無くなった。
 ……九尾にも煩くせっつかれていることだし、」
 ゆっくりと伸ばされた右腕の先で、爪が音を立てて伸びる。息を呑んだ昌浩の身体が震え、その足が僅かに後ずさる。
 死蝋のような肌で、天狐族を滅ぼした男は酷薄に笑んだ。
「鬼ごっこは、もうお終いだ」
 目の前からふっとその姿が消える。昌浩は目を見開き、全身から通力を迸らせた。
 だが次の瞬間、衝撃に襲われて昌浩は悲鳴を上げた。成すすべなく地面に転がった彼の耳に嘲りの声が響く。
「百年と少しばかりしか生きていない仔狐の牙が、この俺に届くと本気で思っていたのか?」
(まずい……!)
 咄嗟に障壁を張ったおかげで直接的な打撃はなかった。けれども霊気の壁を越えて彼の身を貫いた衝撃は並大抵のものではない。
 噎せながら腕をついて必死に起き上がる。距離を詰められた場合圧倒的に不利なのは昌浩の方だ。身体能力では決して凌壽に打ち勝てない。どうにかして、まずは一旦距離を置かなければ。
 視界が霞む。ともすれば平衡感覚すら失いそうになるのを堪え、防壁を張るために通力を発しかける。ところが突如伸びてきた指に喉笛をつかまれて、昌浩は苦鳴を上げた。
「俺に立ち向かってきたことは褒めてやろう。だが」
 気道と血管が同時に絞まる。凌壽は彼を軽々と宙に持ち上げ、空気を求めて喘ぐ昌浩の表情を満足そうに見やった。
「できそこないのお前では、所詮蛮勇だ」
 凌壽の指の下で、鮮血がじわじわと白い布地を染め上げていく。弱々しくもがいても抵抗にすらならない。針を直接突き立てるような痛みが、次第に喉から全身へと波及して力が入らなくなっていく。それでも昌浩は薄目を開け、震える腕に全力を込めると持ち上げた。
 凌壽の手首にその指がかかる。しかし爪を立てる力もなく血の気が失せた顔で見下ろすと、凌壽はけたたましく笑い声を上げた。
「あの老人にちょっかいを出せばお前が出てくるだろうと思ったさ! まさかこんなに早く釣れるとは思わなかったがな。
 さて、相変わらずお人好しなお前に俺からも頼みがある」
「なん、だと…」
 絶え絶えの息の下、掠れ声で聞き返す幼い妖に、凌壽は残酷に告げた。
「晶霞を呼ぶついでに天珠をくれよ」
 かっと子どもの眼が見開いた。その細い指の先で、ほんの僅か、爪が凌壽の肉に食い込む。
 凄絶な笑みを浮かべ、昌浩は潰されかけた喉で叫んだ。
「断る……!」
 刹那赤い光が迸ったのを認めて、凌壽はそちらを振り返った。
 灼熱の輝きを見せる炎の蛇が二匹、凌壽めがけて迫ってくる。捕らえた昌浩を盾にしようと咄嗟に掲げかけたものの、炎蛇とは逆方向に激しい通力の気配を感じて、彼はその神気の主に昌浩を投げつけた。
 二振りの筆架叉を携えた女が片腕で子どもを抱きとめる。残った左手の刃が凌壽の残像を引き裂いた。だが本体には一筋たりとも傷つけることができていない。続けて凌壽は炎蛇をもかわすが、その後も曲線を描いて迫ってくる蛇を片手に込めた妖力で粉砕した。
 火の粉が舞い散る。その中に現れた二人の神将を、凌壽は不機嫌そうに一瞥した。
「あの老人の……なんといったか、十二神将か。妖同士の闘いに介入するのか? お前達には関係ないだろうに」
 勾陳の手から離れた昌浩は、激しく咳きこみながらうずくまった。首からの出血が酷い。赤い雫がぼたぼたと音を立てて乾いた砂に染みこんでいく。
 その幼い天狐を庇うように立ち、勾陳は凌壽に筆架叉の切っ先を向けた。
「お前は危険な妖だ。野放しにはできないと思ったまでのこと」
 再び煉獄を両手に召喚し、紅蓮が勾陳の横に並ぶ。その金の瞳に剣呑な光をともし、敵意を剥きだしにして彼は唸った。
「貴様が晴明に仇なす前に、この場で消し去ってくれる!」
「できるかな……?」
 暗い瞳で神将を嘲笑うその痩身から煙のように妖力が立ち昇り、ぴりぴりと大気が張り詰める。
 互いが互いの出方を伺っていたその時、激痛に苦しんでいたはずの天狐の叫びが響き渡った。
「彼の者を絡めとれ!」
 ほとんど息だけの、音にならない掠れた叫び。
 だが込められた言霊は容赦なく発動し、発現した霊縛が凌壽の脚を地に縫いつける。凌壽が初めて、微かな焦りをその眼差しに乗せた。
 紅蓮はその機を逃さなかった。掲げた焔から燃え立つ真紅の蛇が鎌首をもたげる。気合とともに炎蛇は放たれ、束縛された天狐へと大きくあぎとを開いて突進した。
 同時に勾陳も動く。地を蹴り炎蛇に並走すると、彼女はそのまま凌壽に躍りかかった。――確実に凌壽を仕留めるための連携攻撃。
 動けないまま二人の神将に庇われている子どもが、その奥かららんらんと光る眼差しで凌壽を射抜いている。
 拘束から逃れて後の間に高めた霊力を全て注ぎこんだのか。あらん限りの力が込められた言霊を解くにはそれ相応の妖力を必要とする。神将を迎え撃っていては解除に回す妖力が足りなくなってしまう。
 ざんばらの前髪の奥で鉛色の双眸が忌々しげに歪む。舌打ちをひとつして、彼は全身の妖気を爆発させた。
 肉薄していた勾陳が咄嗟に筆架叉に通力を込める。襲いくる巨大な爆裂を彼女はなんとか押し返したが、紅蓮の炎蛇はそうはいかなかった。正面からまともに爆裂に突っこんだ焔の蛇が妖力の牙によって粉々に打ち砕かれる。燃えさかる鱗が巻き上げられた砂の中で散り、火の粉となって消滅していく。
 視界を覆う砂塵は目くらましか。すぐにその場を飛び退き紅蓮と共に昌浩を護りながら、勾陳は気を張り詰めた。
 が、いつまで経っても攻撃の気配がない。
 砂煙が晴れていく。二人は油断無く周囲を警戒するが、どこにも天狐の姿は見当たらなかった。妖力の残滓すら感じられない。
 どうやら天狐凌壽が退いたらしいことを認めて、ようやく紅蓮と勾陳は長く息を吐きだした。
 勾陳が筆架叉を帯に戻しながら、些か憔悴したように呟く。
「あれが天狐か……」
「ひとまず退かせることはできたが、他の奴らでは荷が重いかもしれないな」
 紅蓮が苦々しく吐き捨てる。その後ろで、昌浩が覚束ない足取りで立ち上がった。いまだに出血が止まらないのか、胸元は真っ赤に濡れそぼっている。
 血の気のない青白い顔が、己の危機を救った神将に向けられた。

 体調を崩し宿下がりしている中宮がいる土御門殿に忍びこむなど、人であれば絶対に許されない行為だ。だが神の眷属たる神将には人間の決まりごとなど何の意味も持たない。
 軽々と築地塀を跳び越え広大な庭に降り立った二人は、敷地全体に充満する妖気に表情を硬くした。――僧が生みだし操る幻妖と同種の玄い気配。重たく凝っているその妖気は寝殿のほうから濃く漂いだしている。
「これだけの妖気がありながら、晴明の占が何も示さなかっただと……?」
「何者かが占を捻じ曲げていたと考えるのが妥当だろうな」
 紅蓮の金の瞳が勾陳に向いた。
「あの僧だと思うか?」
「いや……」
 勾陳は緩く首を振った。僧の法力が確かなものだということはその身をもって知っている。だが占を捻じ曲げるほどの力とは思えなかった。安倍晴明の占を別の結果にすりかえるには、あれよりも強大な妖力、ないし霊力が必要だろう。
 紅蓮も勾陳と同じ予想をしているのか、不機嫌そうに庭を見渡した。
「気に入らんな」
 寝殿を目指し庭を横断する。と、人が倒れているのを見つけ、彼らは足を止めた。中宮の警護のため土御門殿に配されている人間だろう。抱き起こしてみるが、脈もあるし息もある。ただ昏倒しているだけだ。おそらくこの呪詛の妖気にあてられて倒れたのだろう。見はるかせば他にも幾人か地面の上に倒れ伏しているのが見受けられた。
 警護の兵はひとまず置き去りにし、悪い予感に背を押されて紅蓮達は寝殿に上がりこんだ。ここでも室内や渡殿で女房や舎人が昏倒している。この分では中宮も相当危険な状態だろう。
「まずいな」
「どうする。……晴明を呼ぶか?」
 気が進まなさそうに提案された意見に、勾陳はしばし考えこんだ。もし先程の僧に出くわした場合、今の晴明では危険すぎる。彼はなるべく安静にさせ、代わりに十二神将が動くことが最善の策なはずだ。
 針のような気配の呪詛がぴりぴりと足の裏を刺す。そう考えていられる猶予はない。
 髪を揺らし勾陳は顔を上げた。
「呪物がどこかにあるはずだ。それを破壊しよう」
「わかった」
 紅蓮は頷き身を翻した。地面に跳び下り、勾陳と二手に分かれる。彼は玄い気配に集中して慎重に歩を進めた。妖気が最も濃いところ――すなわちそこが妖気の噴出点、呪詛の媒介がある場所だ。
 妖気を探り追いかけていた紅蓮は足を止めた。ごく近くから妖気が噴き出している。鋭い目で周囲をぐるりと見回し、彼はある一点に視線を注いだ。
 寝殿の角に作られた盛り土。そこから湧きだしている真っ黒な妖気。
 近づき盛り土を崩すと、中から現れたのは黒い糸だった。糸にしては光沢のあるそれには見覚えがある。
「髪……?」
 先程の闘いで子供の妖が言っていたことを思いだし、紅蓮は独りごちた。
 触れるとすうっと神気が吸いとられていく。この感触は間違いなく、あの時僧が使用していたものだ。
 つまんだ糸を通し、妖気――呪詛の根が地中にまで及び、土御門殿を侵食しているのが手に取るように理解できた。だが、紅蓮や勾陳では地中の呪詛まで浄化できない。この髪自体を消すのは簡単だが、呪詛を消すには媒体であるこの黒髪と同時に浄化する必要がある。
 どうしたものかと考えこむ紅蓮の耳に砂を踏む音が届き、彼は頭を上げた。
「見つけたか、騰蛇」
「ああ」
「私もあちらで一つ見つけた。探る限りこれで全てのようだが……」
「晴明は呼べない。玄武か天一あたりに連絡を取って来てもらおう」
「呪物は見つけた?」
 唐突に響いた声に驚き、紅蓮と勾陳はばっと背後を振り返った。数瞬前まで誰もいなかったはずの場所に黒衣の子どもが立っている。――何も気配がしなかった。こうして姿を見せている今でも、子どもの気配はひどく薄い。
「……何の用だ」
「ちょっと気になったからね」
 妖は気軽に紅蓮へと近づくと、彼の手にあった黒髪をひょいとつまんだ。瞬時に髪がぼっと音を立てて燃える。同時に地面を通して感じられていた呪詛が跡形もなく消えていった。大気に漂う妖気も分解されて溶けていく。
 さわりと頬を撫でる風に、勾陳ははっと気づいて寝殿の反対側の気配を探った。――妖気が消えている。土御門殿を覆っていた妖気も呪詛も、何もかもが浄化されている。
 手に残った灰を払い、妖は爪先で盛り土をならした。
「他の髪も全部燃やしておいた。今のが最後だよ」
 土が均等にならされる。妖は腰に手を当てると、己よりずっと長身の神将達を見上げた。
「安倍晴明を邸から出してはいけない」
 二人の動きが凍りつく。そんな紅蓮と勾陳に真剣な双眸を向け、妖はさらに言葉を紡いだ。
「彼を生かしておきたいのなら絶対に外へ出すな」
「……どういう意味だ。お前は何を知っている。何者だ」
 紅蓮の声音がすっと冷える。刺々しい神気がじわりと妖の肌を刺す。
 どんな化生のものでも怯えるだろうその神気をまるで感じないような顔をして、子どもは受け流した。
「彼を巻きこみたくない。妖同士の争いに眷属を引きこむのは俺の本意じゃないんだ」
「眷属?」
 勾陳が一歩足を踏みだす。
 安倍晴明は狐の子と言われている。人間の間ではただの噂だが、それは真実だ。
「天狐同士で争っているのか?」
 妖がどこか傷ついたようにふっと視線を逸らした。その拳は硬く握り締められている。何かを堪えるように唇を噛みしめ、妖は再度神将達を見上げた。
「とにかく、彼を外に出しては……」
 突然、ふっと言葉が途切れる。子どもは大きく目を見開くと、ばっと天を仰いだ。
「阻め!」
 込められた言霊が堅牢な防壁を築く。次の瞬間閃光が弾け、三人は腕をかざして目を庇った。
 閉ざされた視界で響く轟音。だがその中で紅蓮は妖の唸る声を聞いた。苦しさに満ちた、声を。
「凌壽……!!」

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