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長編・朧月夜、第九章(2)を更新しました。

いやー、これをポメラで書き終わって保存した後閉じようとしたらポメラが固まってものすごく心臓に悪い思いをしました。桂華さん、ご助言ありがとうございましたー。助かりました。6000字超えてるんでもし保存してなかったらと思うと…へへ、1週間は何も書く気が起こらないとこでしたよ…

あー、それと今回丞按さんが使ってる真言ですが、すみません。tacticsノベライズ1巻から引用させてもらいました。指摘される前に言っちゃうよ、パクリじゃないよ引用だよ。P150L17です。あしからず。
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 勾陳はなるべく平坦に聞こえるよう口を開いた。
「帰るぞ、」
 素っ気ない響きが異空間に消える。苛立ちも怒りも彼女の中にはとうに存在しない。完全に平静を取り戻して、勾陳は現実を見据えていた。
「目的である中宮の奪還は果たした。幸い皆無事ときているし、こんな辛気くさい場所からはさっさと脱出すべきだろう。いつまでも留まっていると、やめろというのに乗りこんできそうなはた迷惑な主もいることだしな」
「……そうだな」
 年老いた主の顔を思い出しながら、紅蓮が首肯した。
 帰還が遅くなれば晴明は式神たちを案じるだろう。大体、異空間などに囚われているという時点で彼が離魂術を使ってきてもおかしくない。ここ数日はずっと体調が良さそうで、狩衣と狩袴を身に着けている日も多いが、確実に彼の天命は削られているのだ。
 大きな術を使えば使うほど、晴明の命は短くなる。
 忘れていないわけではなかった。
「昌浩、凌壽の位置を」
 凌壽をこの空間から排除しないことには帰り道が創られない、と話した昌浩の言葉を勾陳は忘れてはいなかった。そもそも最初は凌壽を探そうとしていたのだ。中宮に害をなそうとする丞按を発見したのはたまたまであり、使命を果たせたのは偶然の産物にすぎない。
 精彩を欠いたまま、子どもは緩慢に頷いた。が、すぐに顔をしかめて首を横に振る。
「……わからない」
「何?」
「まだ回復しきっていないのか?」
 紅蓮が心配そうに、細い肩に片手を乗せた。その様に勾陳と六合は目を丸くする。まったく、先程から驚いてばかりだ。騰蛇のこんな声音や表情など、ついぞ想像できなかった。
 昌浩は紅蓮から身を捩るように一歩離れ、焦ったように両手をぶんぶんと振った。
「身体はもういいんだ! いいんだけど……なんだかぼんやりしてて、」
「ぼんやり?」
「何が」
「その……。あいつの、が」
 ぎゅっと首が押さえられた。血を吸って真っ赤に染まった包帯を隠すように。昌浩は上手く言葉に表せないようで、神将たちを惑いながら見上げていたが、やがてこの地の果てを指さした。
「凌壽の居場所はよく分からないけど、あっちに綻びがある」
 空間の綻び。人界に戻るために必要な扉。この異空間に落とされた時にはなかったはずのもの。
 時が経つことによって自然発生したものかもしれない。そこから帰れるとは思う、と告げて、昌浩は眉尻を下げた。
「――あいつの罠かもしれないけど」
「その可能性はあるな」
 黙っていた六合が、少し眉を寄せて言った。
「丞按は気づいただろうか」

 その名に反応して昌浩の体が強ばった。
 神将たちは皆難しい顔をして考えこんでいた。昌浩に目を向けている者は誰もいなかった。だから、この時の変化に気づくことができなかった。
 後に紅蓮は後悔することになる。
 もし、この場で彼を注視していたら。未来という轍をなぞっていた、現在という名の車輪は脱線していたのだろうかと。
 新たな轍を刻んでいたのではないだろうかと。
 だが紅蓮は気づけなかった。それが事実で、全てだった。

 勾陳は長い睫を伏せて、予想される最悪の展開を計算しているようだった。
「……それもまた、わからないな」
 頭を振る。六合の指摘通り、可能性は十分にある。かと言って現状維持も得策ではない。今はとにかく行動すべき時だ。外部には頼れない、自分たちでどうにかするしかない。
 彼女は歩を進めると、結界の中に取り残したままの中宮を抱き起こした。顔色はあまり良くないが、意識を喪失したそもそもの原因は心的なものだ。丞按に傷を負わせられている様子もない。ああだこうだと詮索されたり悲鳴を上げられるよりは、抵抗もしないのでこの方が好都合だ。
 六合を呼ぶなり彼に中宮を預ける。彼は黙ったまま受け取った。凌壽が襲ってくる可能性がある以上、闘将二番手の腕が塞がっていてはお話にならない。騰蛇は論外だ。ならば六合にお鉢が回ってくるのは当然の帰結だった。
 腰に両手を置いて勾陳は一同を見渡した。
「とにかく今はそこへ向かうしかないだろう。その綻びとやらもいつまでもあるとは限らないしな」
 昌浩が指し示した先に向かって顎をしゃくる。
「ここに居続けたとしても、今内裏の神隠し騒ぎが大きくなるだけだ。晴明が祈祷に引っ張り出されてはかなわん」
「……そうだな」
 出された結論は尤もだった。肯いて、紅蓮は昌浩の顔を覗きこんだ。
 彼の背丈は紅蓮の胸下までしかないので、近すぎると逆に表情が読めない。紅蓮が屈まないと昌浩の顔が見えないのだ。しかも、何故だか昌浩は黙りこくったまま顔を上げないので余計にわかりにくい。
 気分が悪くなってきたのだろうか。「身体は大丈夫」と申告されたものの、彼が一度死んだのは事実なのだ。体調に影響が出てもおかしくない。
 昌浩の能力を一番把握しているのは当の昌浩本人なのだろうが、それでも不安を拭えずに、紅蓮はおそるおそる声をかけた。
「移動するぞ」
「……うん」
「掴まれ」
 手を伸ばす。昌浩は言われるがまま素直に抱きついてきた。まだ幼い少年の体温が密着してくるのに慣れず、酷く居心地が悪い。不器用に小柄な身体を抱えながら、紅蓮は最初の夜を思い出していた。
 十日も前の満月の日。あの時もこんな風に、昌浩を抱いていたのだ。
 彼は意識を失い力なく瞼を閉ざしていた。首元は今と同じに真っ赤に染まり、紅蓮はといえば、腕の中の他人の体温に戸惑っていた。
 そう容易く人の意識は変わらない。想いを自覚しても、哀しいほどに切り替わらなかった。嫌いではないのに、どうしても怯えてしまうのだ。
 今とあの晩の違いは、彼が起きているかいないかくらいだった。
(―――?)
 ふと気づく。肩と首に回された腕、その先で肌に這う昌浩の指。体躯は温かいのに指だけがまだ冷えていた、……もう血が通ってもいい頃だというのに。
 言いしれない不安に襲われ、紅蓮は抱き上げた昌浩の瞳を間近に見た。瞬間、予感が確信へと変貌する。
 彼の黒瞳は昏かった。黒曜石のように煌めいていた光はどこにも見つからない。完全な暗闇が支配する夜の眼――光が失くなっただけなのに、今や彼から受ける印象はまるで違ってしまっていた。
 軽い混乱が紅蓮の思考をかき乱す。

 どうして彼はこんな――まるで、妖そのもののような瞳をしているのだろう?

 紅蓮に術を使ったことでまだ己を責めているのだろうか? いいや、違う。自責でこんな目はしない。心を閉ざすならもっと凍りついた感情がそこにはあるはずだ。今の昌浩からは、ただ静けさのみしか伝わらない。
 直感的に、紅蓮は悟った。
 昌浩の心に息づいていた、大事なものが喪失している。
 今まで昌浩という人格を構成していた重要なもの。それが失くなったために、彼はこんな瞳をしているのではないのか?
 刃を突き立てられるような痛みが心臓に走った。このままではいけないと、紅蓮の勘が叫んでいる。しかし同朋は既に紅蓮を置いて砂利を蹴立てていた。足を止めている余裕はない。
 数瞬の葛藤の後、紅蓮はせき立てられるように仲間の背を追っていた。
 

◆◆◆


 ――ずっと人を傷つけるのが怖かった。
 妖を滅するのは簡単にできた。でも人間を傷つけたり、ましてや殺すことはどうしてもできなかった。
 だって人間は弱い生き物なのだ。ほんの少し力をかけるだけであっけなく死んでしまう。そんなの、身に染みて一番よく知っている。
 だからできなかった。
 だけど、……だけど、人間のせいで、自分が好きな人を傷つけてしまうなんて考えてもいなかったのだ。
 丞按。
 俺が泣き言を言ってお前を殺そうとしなかったから。
 俺が躊躇したせいで、あの人が死にかけたのだ。
 だったらもう、決めるしかない。

 やるしかない。
 

◆◆◆


 手頃な岩に腰掛けて凌壽は瞼を閉ざしていた。自分の創った異空間だ、どんなに遠くで起こっていることでも手に取るように把握できる。荒れ狂う霊力と通力の気配を精密に読みとりながら、凌壽はその時を待っていた。
 やがて微かな霊気がぱっと弾けて消える。くすりと笑みを浮かべ、彼はさらに時を待った。このままよく見知った霊気が復活しなければ、策は成功だ。同時に晶霞に対して勝ったも同然になる。
 が、やはりそうそう思惑通りにはいかなかった。消失からしばらくして霊気が復活する。凌壽はわかりやすく肩を落として落胆し、舌打ちするなり腰を上げた。
「しぶとい奴め…」
 長い黒髪をがりがりと掻き毟り、あーあと子どものような拗ねた声を出す。次にぱちんと指を鳴らし、彼は己が創生した世界に干渉した。
 石が砕けるような硬い音と共に、真横の何もない空間に亀裂が入る。
「仕事はまだ終わってないぞ、丞按」
 わざと創り出した異空間の綻びの横で、漆黒の天狐は待った。
 霞む闇の先から人影が現れるのを。
 いくらもしないうちに、砂地の向こうから男が現れた。錫杖を失った僧衣の壮年男性。頬の痩けた厳つい顔をさらにしかめ面にして、彼は歩調を緩めると凌壽の眼前に立った。
 天狐はにやにやと悪童の笑みを浮かべている。すぐ側にある空間の綻びに目をやるが、今更ながらこの妖の意図が読めず、丞按は眉間の皺を増やした。
「ふがいないもんだな。これだけ俺が手伝ってやったっていうのに、もう逃げるのか?」
「貴様……」
 この天狐はいちいち人の神経を逆撫でする。思わず丞按が唸ると、芝居じみた仕草で相手は両腕を上げてみせた。
「お前にはまだここにいてもらわなきゃ困るんだ。お疲れのところ悪いがまだまだ働いてもらうぞ」
「何?」
 ぞわりと悪寒が項を撫で、丞按は反射的に跳び退こうとした。しかし一歩遅く、両足が黒い縄に捕らわれる。いや、それは縄ではなかった。丞按自身が使っていた天狐の呪縛だった。
 あっという間に全身が大蛇に締め上げられる。真っ先に両腕は後ろ手に戒められ、身動きすらできない。立っているのがやっとだ。
 圧力に手足の骨が軋む音を聞きながら、丞按は殺気を天狐にぶつけた。
「凌壽……なんのつもりだ」
「さっきも言っただろう、働いてもらうと。もう少し昌浩とあの連中をやりこめてもらわないと困るんだ。俺はあいつの天珠がどうしても欲しいんでね」
 呼吸をするのも苦しい。てんしゅ、と口の中だけでその単語を呟く。
 凌壽が異空間を創った時、丞按もその場に居合わせていた。小さな白い宝珠を数珠繋ぎにしていくつも持っていたようだった、おそらくあれがその天珠とやらなのだろう。
 だが奴は複数所持していたようだった。あれだけではまだ足りないとでもいうのだろうか。
(それに、「昌浩」だと?)
 それがあの幼い見かけの天狐の名前であることは知っていた。けれどその天狐はつい先程丞按自らが手を下し、命を絶ち切ったばかりのはずだ。
 ますます渋面になった丞按に、凌壽は不思議そうに訊いた。
「なんだ、不服そうだな」
「あの天狐ならもう殺した」
 あははは!
 掠れた反論に、凌壽はおかしくてたまらないと言わんばかりに腹を抱えて笑った。不快げに睨みつける丞按など関係なしにひとしきり痩躯を震わせていたが、嘲笑を隠しもせずに露わにする。
「詰めが甘いんだよ。まったくしょうがない奴だなあ」
「なんだと?」
「あいつはまだ生きてる。ちゃあんと死体が消えるところまで確認しておけよ」
「……そんな注文は受けていない」
「そういやそうだな」
 言っていなかったもんな。
 凌壽は悪びれもせずにけろりとした顔を見せた。明らかに丞按の殺気を面白がっている。歯軋りする丞按に顔を近づけ、至近距離で向けられる悪意をじっくりと味わっているようだった。
「お前だって分かっていただろう。俺たちは別に手を組んだわけじゃない。互いに利用しあうと決めていたはずだ。だから俺は最大限お前を使っているだけじゃないか」
 そう不機嫌になるなよ、とむしろにこやかに告げる凌壽に、丞按はますます殺気を募らせた。
「何故あの天狐に拘る。お前が出向いてさっさと殺せばいいものを」
「労力は少ない方がいいだろ? あいつの周りにしち面倒くさいのもいるしな。その点お前はまだ人間だから、当て馬にはちょうどいい。――周りの奴らを痛めつけて、早くあいつを弱らせてくれよ。俺はあいつの天珠で晶霞を倒す力を手に入れるんだ」
 まるで楽しみにしている夕餉の内容を話す子どものようだった。邪気も何もなく、ただ単純に凌壽は待ち望んでいる。楽しげに。
 その夢を丞按は嘲笑ってみせた。
「ずいぶん回りくどい手を取るのだな。ここを創るのに使った天珠とやらでは足らんのか。あんな弱い天狐、足しにもならんだろうに」
「死にかけると能力が成長するという話を知らないのか?」
 今度は凌壽が丞按を嘲り返した。
「俺はもう随分あいつを殺してきた。その度にしつこく生き返っては成長していく様も見続けた。
 そろそろ収穫時なんだよ、あれはな」
 凌壽はくるくると人差し指を振った。
「昔、あいつの中に種を蒔いたことがある。俺の妖力に反応して、宿主の力を削ぐ種子をな。昌浩は俺以外と戦えば、天狐の名にふさわしい霊力を発揮して相手を滅ぼすだろう。けどな、」
 楽しくて楽しくてたまらないといった様子で、天狐はうっそりとほくそ笑んだ。
「俺と戦うときだけあいつは弱くなる。俺はあいつの天敵なんだよ。……かわいそうに、どうしても倒さなきゃならないのはこの俺だというのになあ」
 そこまで告げると舞うように踵を返し、凌壽は丞按にひらひらと手を振ってみせた。
「それじゃ、あの老人がここに駆けつけない内にせいぜい頑張ってくれ。――そうだな、もし生き残っていたら礼だ。お前の目的にももう少し協力してやるよ」
 甲高い笑い声が残響を残して辺りを満たす。一瞬揺らめいたかと思うと、陽炎の如くその身が消えた。どこにも天狐の姿は見当たらない。
 なんとか解呪できないものかと会話の間に試していた丞按は歯軋りして、もう誰もいない虚空を睨みつけた。黒蛇は凌壽が消えても、変わらずきりきりと締め付けを続けている。
 そんな中、丞按ははっとして遠方に視線を移した。
 この遠距離でもはっきりとわかる。刺々しい神気の群。闘将たちがまっすぐこちらに近づいている。
 猶予はない。
 悪態を吐き捨て、丞按は両腕に力を込めた。蛇は小賢しくも手のひらを外側に開かせようと巻き付いている。残った力を振り絞り、彼は後ろ手のまま不動明王印を結んだ。
「搦めの綱解き、放ち道ぎり、オンアビラウンケンソワカ」
 乾いた音が弾けた。途端に蛇はぼろぼろになって地面に落ちる。やっと自由を取り戻したものの、丞按はがくりと膝を突き、荒く息継ぎを行った。
 ただでさえ消耗していた法力が、これでさらに減少した。もう十二神将どもと渡り合う余裕など残っていない。心に満ちるのは焦りばかりだ。
 休む暇などない。凌壽の目論見など知るか。早くここから逃げ延び、藤原への次の一手を考えねば――

 顔を上げる。瞬間、視界を閃光が満たした。
 

朝方はだいぶ涼むようになって何よりです。こんばんは。夏コミもインテも終わり、オタクの夏も学生の夏も終了ですね。時間が経ちすぎている感が否めませんが、遅まきながら夏コミでのお礼を申し上げたいと思います(汗)

孫スペースの皆さんお疲れ様でしたー! 紅昌サークルしか回っておりませんが、今回初めて!お邪魔させて頂きました。緑の服で大荷物を肩にかけていた不細工な女です。ここぞとばかりに買い占めた結果購入した孫本実に20冊。アホだ…。

名だたる紅昌サイトの神々の御本に涎が垂れそうになる毎日です。俺は幸せ者だ、うへへ。
ギンコさん、水瀬さん、桂華(葛城)さん、ひなたさん、実津穂さん、みつきゆりさん、紫紺さん、頒布ありがとうございましたー! 一生の宝物にします! あざーっす!

冬は無理ですが、来年の夏、受かったらオフ出したいですね。目指せサークル参加、頑張れ初オフ本。
長編・朧月夜、第九章(1)を更新しました。

7月頭に更新してから間が空いてしまい申し訳ございませんでした。そんなわけで続きです。もー紅蓮がしちめんどくさかったのなんのって。よく昌浩はこんな男好きになれるわー、よっぽど好きでないとこんなめんどくさい人とつき合っていけないって。愛ってすごいね。(そんな結論?)

「騰蛇!」
 声が唱和した。
 同朋が倒れていく。十二神将最強たる騰蛇が、成す術もなく。
 ありえないと考えもしなかった事態を目の当たりにして、二人は全身から血の気が引いていくのを感じていた。
「おいしっかりしろ、騰蛇!」
 勾陳が体に手をかけ名を繰り返し呼ぶが、反応はない。いくら揺すぶってもぴくりとも動かない。
(何が――)
 いきなり紅蓮が昏倒した理由がわからず、勾陳は愕然としたまま彼の大きな背を見つめた。
 その時だ。昌浩に覆い被さるように倒れたその体の下で、蛍火のようなぼんやりとした燐光が漏れ出たのは。
「………!」
 何度か眼にしたことのある、光。その光が瞬く時何が起きるのかを、二人はけっして忘れてはいなかった。
 瞬時に真実を悟った六合の背筋に悪寒が走る。咄嗟に紅蓮を背後から抱えるようにして抱き起こすと、燐光がふつりと掻き消えた。僅かに安堵するが、ほっとするにはまだ早い。六合は紅蓮を仰向けに横たわらせると呼吸を確かめた。
「騰蛇、」
 勾陳が膝を突いて紅蓮の顔を覗き込む。至近距離からの呼びかけにも答えがない。瞼を閉ざし、彼は完全に意識を失っていた。
 顔色は少し悪いだろうか。だが目に付く異常といったらそのくらいで、脈拍も呼吸も正常だ。命に別状の無いことを確認して、二人は一息をついた。
「おい起きろ、騰蛇」
 勾陳が容赦なしに紅蓮の両頬を張る。何度か乾いた音が響き渡った後、瞼が振動したのに気づいて彼女は振り上げた平手を止めた。ただの生理的な痙攣かと思ったが違うようだ。続いて発された呻き声が、紅蓮の覚醒を示唆していた。
 金色の瞳がゆっくりと現れる。
 同朋の中で最も神気の強い男が倒れるところなど、十二神将の誰もが目にしたことがない。六合と勾陳は神将の中でも冷静さの際立つ方だったが、流石に動揺を隠せずにはおれなかった。無表情を崩すことのない六合でさえ、心臓の鼓動はずっと早鐘の如く打ち鳴らされていた。
 紅蓮の眼差しはぼんやりとして定まっていない。が、頭上から見下ろす勾陳と六合を認識するように視線が左右に揺れた途端、急速に焦点を取り戻した。途端彼は手を突いて勢いよく上体を起こそうとするが、失敗した。再び地面に転がりながら短く悪態をつく様子に、勾陳は呆れながら安堵のため息をついた。
「……顔が痛いぞ」
「手加減しなかったからな。悪かった」
 紅蓮は両手で目を塞いだまま動かない。眼底が痛むのだろうか。
 喋ることは問題ないのか、彼は続けざまに尋ねてきた。
「何が……あった」
「それはこちらの台詞だ、」
 いきなり昏倒されたのだ、状況把握など二の次だった。ただ――
「昌浩は……」
 二人は黙り込んだ。
 紅蓮は彼らが故意に沈黙したのに気づいて頭を動かした。側頭部はどくどくと脈打ち、視界は赤い砂嵐がかかってまともに働かない。耳鳴りも酷く、勾陳たちの声も水を通したようにくもって届く。全身が気だるく力が入らない。脈動はゆっくりと治まってきているから、しばらくしたら起き上がれるようにはなるだろう。

 けれどそれはどうでもいい。

 自らの消耗。意識を失う直前に目にしたもの。
 紅蓮は疑っていなかった。

「昌浩、」

 すぐ側にいるはずの、彼の名を呼ぶ。
 六合は傍らの、死体だったはずの者に目をやった。青白く鎮静していた肌。それが今や、完全に血色を取り戻して存在している。
 ひくりと、細い指先が痙攣した。

(やはり)

 勾陳と六合が共に息を呑んだ。
 背後から腹部を貫かれた天狐は、黄泉の縁から甦っていたのだ。
 おそらくは、紅蓮の寿命を対価として。
 紅蓮は周囲の霊力を探っていた。五感と頭は負荷に耐えかねて悲鳴を上げていたが、その分それ以外の感覚は明瞭に働いていた。
 枯れた泉が再び沸き出るように、彼の霊力が噴出していくのが感じられる。
 うっすらと紅蓮は片目を開けた。暗い視界の中、砂の帳に隠れて横たわる昌浩の肢体を見つけようとして。すぐ側にいるはずの、彼に会うために。
 重い手を伸ばし、紅蓮は再度呼びかけた。
「昌浩」
 こんこんと満たされていく彼の霊気に触れたかった。
 かけられた声に気づいたのか、ぼんやりと昌浩の黒瞳が現れる。深淵の黒を塗り込めた眼差しはつかの間天空を仰ぎ、その後視界に入り込んだ皆の顔に向けられた。意思の感じられない視線が順繰りに回る。何度か瞬きを繰り返し、彼は勾陳と六合の愕然とした表情にふと不思議そうな目を向けた。
「……どうしたの……、」
 掠れた囁きが落ちる。
 その囁きが昌浩自身の耳に届いた瞬間、彼ははっと両目を見開いた。
「なんで、」
 双眸が同じく横たわる紅蓮に移動する。彼が、紅蓮だけが横臥していることに気づき、その幼い面がみるみるうちに青褪めていった。
 唐突に跳ね起きるや否や、反射的に紅蓮に触れようとする。だが直前で火傷を負った時のようにびくりと引っ込め、昌浩は代わりに自分の肩を抱いた。
 様子がおかしい。
 紅蓮は無理矢理に身を起こした。一瞬砂嵐が色を変え強くなる。しかし気分の悪さは意思力で押さえ込み、彼は昌浩へと膝立ちのまま近づいた。
「おい」
 けれど昌浩は怯えた目をして、逆に後退さりをするばかりだった。
 嫌な音を立てて紅蓮の心臓が脈打つ。己が動揺しているのだと自覚するのに数瞬の時を要した。自覚した途端、さらに心臓が軋んで紅蓮は動けなくなってしまった。
 昌浩に怯えられるのは、これが初めてだった。
 他人に畏怖の目を向けられるのは慣れていた。生を受けた時から、同朋にすら怯えられていたのだから。だが昌浩は違う。彼だけは、紅蓮を恐れずに接してくれた。自身の弱い体躯が紅蓮によって傷つく可能性などこれっぽっちも考えやしないで、最初から紅蓮に接触してきたのだ。
 あの時の小さな掌の体温は、今でも紅蓮の皮膚に留まっている。
 だというのに、今更紅蓮に怯えるというのか。
 紅蓮の何に怯えているというのだろうか。

(俺の何に)

 昌浩の剥き出しの二の腕が、痕が残るほど爪を立てられている。黒瞳は紅蓮に対して向けられたまま、感情の渦がせめぎあって歪んでいた。
 悲哀と怯惰――そしてほんの少しの憎悪。
 その眸を、いつかどこかで目にしている気がした。
 つい最近だった気もする。遙か遠く昔だった気もする。ごく近く、毎日でも見続けていたような気さえする。
 そう、この眸は他人に対して向けられるものではない。これは自分自身に対して、己を厭った時に向ける目だ。
 晴明を手にかけ自身の力に怯えてからずっとこの眸をしていた。無くなってしまえばいい、必要ないと金冠を施してもらっても力への憎悪は消えなかった。ごくたまに水鏡を覗くと、その中には力を厭う者が紅蓮を責めて映っていた。
 だからわかった。

(――そうか)

 闇色の絶望がじわじわと押し寄せて、昌浩の四肢を絡めとっている。常闇の牢獄。眼前に現れた罪。彼は償う方法すらわからず、抗うこともできず、諾々と受け入れるより他にないと信じているのだ。
 いつかの紅蓮のように。

(こいつは)

 知らず、腕が伸びていた。
「俺は平気だ」
 有無を言わさずに昌浩の手をしっかと握りしめる。昌浩の喉がひくりと鳴り、筋肉が強ばっていくのを感じた。逃れようとする腕を引き留めて、紅蓮は子どもの両眼を正視した。
「この通り生きている。問題はない。気にするな」
「……うそ」
「ないと言っている」
「だって」
「――わからんやつだな」
 昌浩の手を握ったまま、紅蓮は立ち上がってみせた。視界が一瞬だけ暗くなるが、表面にはおくびも出さない。僅かに残る吐き気にも平然と耐える。昌浩はつぶさに一連の様子を追っていた。が、何事もないかのように振る舞う紅蓮を呆然として見上げるより他になかった。
 ふと、紅蓮は考えた。

(「気にするな」など)

 何故さっき、そんなことを言えたのだろう。

 胸を針が刺すような痛みと共に、焔に巻かれて床についていた主を思い出す。ほんの数十年ばかり前のことだ。縛魂の術に囚われて晴明を害し、術が解けて半狂乱のまま岦斎を殺した。荒ぶる焔は晴明を飲みこみ、大火傷を負わせ――紅蓮の心にも癒えない傷を刻み込んだのだ。
 全身を包帯で覆った晴明の枕元で俯く紅蓮に、主は言った。

(……お前が悪かったわけではない。気にするな)

 その言葉を、ずっと受け入れることができなかった。今だってそうだ。到底自分を許せるとは思っていない。けれど晴明がかけてくれた言葉を昌浩に渡すことができた。自分自身は受け入れられなかったというのに――
 どうしてだろう。
 昌浩が、紅蓮と同じだからなのか。
 彼は己の力が他者に向くことを恐れている。紅蓮と同じに、自分の力を忌まわしいと断じている。震える昌浩の眸は紅蓮と同じように嫌悪に歪んでいた。見た瞬間にわかった。
 初めはほんの少しだけ興味を持っただけだったのだ。騰蛇の神気を恐れずに触れてくるのに戸惑い、子どもの姿に動揺し、その力を警戒した。霊力以外は全く人と同じであることを知ってからは、彼からの接触が恐ろしくなった。
 礼を言われてからは――その素直な好意にどう応えればいいのかわからなくて、逃げた。
 失ったと思いこんでからは、喪失に怒りを覚えた。

 もう認めるしかないだろう。
 そうだ。俺はあの時お前に微笑まれて、嬉しかったんだ。
 触れられて嬉しかった。言葉を交わすのが楽しかった。
 同時に期待を裏切られるのが嫌で、お前を信じることができなくて、だからお前を拒んだんだ。
 それでも期待を捨てることはできなかった。心のどこかでお前を信じかけていたから、死によって奪われることに我慢がならなかったのだ。
 だが今はどうだ。逆に拒絶し返されて、俺はこんなにも衝撃を受けている。驚恐を司る最強の十二神将騰蛇が、なんともみっともない話だ。
 好きだと告げられた、あの時。本当は――本当は、言葉を失うほど嬉しかったのだと、今ならわかる。

(晴明、)

 俺はまだ、自分自身を許すことはできない。俺の咎は大きすぎるからだ。だがお前がくれたもののおかげで、代わりに他人を許すことができた。この子どもが傷つくことがないようにと、願うことができた。
 昌浩も俺と同じように、自身を許すことはできないかもしれない。だが他人から許しを与えられたいと希むのは、おかしなことだろうか?
 俺は自分を罰しながら救いを求めていた。罪深い考えなのはわかっている。それでも、どうしても、希まずにはいられなかった。
 そう、俺は救われたかった。
 救われたいんだ。
 そして今度は、救ってやりたいんだ。

「立て」
 促し、腕を引き寄せる。引っ張られるままに昌浩は立ち上がったが、その間、けっして目を合わそうとはしなかった。
 紅蓮の手の中の指は、ずっと冷えきって震えていた。
「ほんとに、」
 蚊の鳴くような囁き声。
 聞き逃すまいと耳をそばだて、紅蓮は続きを待った。
「平気なの」
「ああ」
 おずおずと、目線が上がる。瞳にありありと書かれた「信じ難い」という感情に、紅蓮は苦笑した。
 それでも、冷えた手は離さなかった。
 六合と勾陳は黙ったままそれを眺めていた。微かに眉間に皺を寄せているのは勾陳だ。六合はちらりとそれに目をやったが、口は出さなかった。
「昌浩、」
 びくりと昌浩の肩が跳ねた。弾かれたように六合に怯えた視線が向けられる。昌浩の手が紅蓮の手を強く握り返した。恐怖に強ばった幼い顔は誰かに似ていた。そう、騰蛇とはち合わせた太陰とそっくりだった。
 その事実に少し胸を痛めたが、表面にはおくびも出さず六合は続けた。
「お前の忠告を活かすことができなかった。すまない」
「……え、」
「言っただろう。離れろと」
「――ああ」
 昌浩は地面に目を落とした。
 戦場に向かう途中で六合に残した忠告。本人は遺言のつもりだったのだろうが、結局六合はその言葉に従うことができなかった。
「だが」
 続けられた言葉に、昌浩は顔を上げた。
「実行したほうが良かったのか、俺にはわからない」
 もしあの時六合が皆を遠ざけていたら、紅蓮が吸気の術にかかることはなかっただろう。ただし昌浩は甦らないまま、神将たちは異空間に取り残されていたに違いない。ひょっとしたら晴明が離婚術を使って救出にきていたかもしれなかった。それは神将たちの望む未来ではない。
 結果からすれば、全員が欠けることなく救われている状態だ。昌浩が生き残った、その事実は喜ばしいことのはずだった。――なのに、これでよかったのだと断じることはできなかった。
 騰蛇は確かに危害を加えられたのだから。
 答えを出すにはまだ早すぎた。
「……まあいい」
 ずっと沈黙を保っていた勾陳が、ため息をつくように言葉を吐いた。
「同朋を傷つけられたことは大変遺憾だが、今はどうこう言う時機ではない。騰蛇も問題はないようだしな。結論は晴明が出すだろう」
 私はそれに従うまでだ、と言いおいて、彼女は紅蓮を見やった。昌浩の手を握ったままの、彼を。
 紅蓮は勾陳を僅かに険のある眼差しで見据えていた。
(不服か、)
 くすりと勾陳は朱唇を笑みに形作った。
 あの騰蛇が!
 なんと愉快な話だろうか。ほんの少し前まで冷酷非情の代名詞のようだった男だというのに、今のこの体たらくといったら。氷のように頑なな態度は、取り付く島のない刺々しい言葉はどこへ行ってしまったのか。特に子どもなど邪険にしていたはずなのに、相手が妖とはいえ手まで繋いでやっているなど!
 まして気遣いまで見せてやるとは、比類なく愉快な話だった。
 騰蛇の身に悪いことが起きる可能性は丁重に断りたかったが、彼の変化は好ましかった。
 口では釘を刺すように昌浩の所行を非難したが、実のところ、勾陳本人に悪意はなかった。――よくよく考えれば神将に寿命などないのだから、一時的に生気を奪われて、悪ければ昏倒する程度なのだろう。十二神将最強たる紅蓮の生命力が強かったのも幸いした。当人はすでにぴんぴんしていることだし、そう深く責任を追求する気にはなれなかった。
 

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